ファリャ
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バレエ音楽「三角帽子」 「恋は魔術師」 エラス=カサド指揮 マーラー室内管弦楽団 MS: ロメウ カンタオーラ: エレディア レビュー日:2019.11.14 |
★★★★★ ファリャの名バレエ音楽2編を収録した注目盤
パブロ・エラス=カサド(Pablo Heras-Casado 1977-)指揮、マーラー室内管弦楽団によるファリャ(1876-1946)の名バレエ音楽2曲を収録したアルバム。以下の様なトラックで収録されている。 バレエ音楽「三角帽子」 1) 序奏 Introduccion 2) 昼下がり La tarde 3) 粉屋の女房の踊り (ファンダンゴ) Danza de la molinera. Fandango 4) ブドウ Las uvas 5) 隣人達の踊り(セギディリア) Danza de los vecinos. Seguidillas 6) 粉屋の踊り(ファルーカ) Danza del molinero. Farruca 7) 代官の踊り Danza del Corregidor 8) 終景の踊り(ホタ) Danza final. Jota バレエ音楽「恋は魔術師」 9) 序奏と情景 Introduccion y escena - 洞窟の中で(夜) En la cueva 10) 悩ましい愛の歌 Cancion del amor dolido 11) 亡霊 El aparecido - 恐怖の踊り Danza del terror 12) 魔法の輪(漁夫の物語) El circulo magico. Romance del pescador - 真夜中(魔法) A media noche. Los sortilegios 13) 火祭りの踊り Danza ritual del fuego - 情景 Escena 14) きつね火の踊り Cancion del fuego fatuo 15) パントマイム Pantomima 16) 愛の戯れの踊り Danza del juego de amor 17) 終曲 暁の鐘 Final. Las campanas del amanecer 「三角帽子」 ではカルメン・ロメウ(Carmen Romeu 1984-)のメゾ・ソプラノ、「恋は魔術師」ではマリーナ・エレディア(Marina Heredia 1980-)のカンタオーラが独唱を務める。 2018年の録音。 ファリャの傑作2編を組みわせた録音というのは、意外に少ない。それでも「三角帽子」は比較的録音があるのだが、「恋は魔術師」に関してそのライブラリは寂しい。しかし、これまでそんな状況を気にかける必要のない素晴らしいデュトワ(Charles Dutoit 1936-)による名録音があって、私も長いことお世話になってきた。しかし、そんなデュトワの録音も、もう30年も前のこととなる。 そろそろ、なにか新しいものが聴きたいと思うった時、このカサド盤はなかなか良い1枚だ。私は以前カサドが指揮したメンデルスゾーンやシューマンを聴いて、いまひとつ面白くない演奏だと思っていた(批評家受けは良かったようだが)のだけれど、このファリャは良いと思う。オーケストラが良いのかもしれない。 エラス=カサドは、デュトワに比べると少しだけ早いテンポを設定する。小編成のオーケストラの機動力を活かして、明晰さのある音作りをベースに、明確で鋭敏なテンポ、キレのあるアクセントを用いて、楽曲の劇場的な性格を巧みに描き出している。オーケストラの音色はやや乾いていて、パワーという点において、デュトワ盤と比べると出力が下がるが、その分小回りを利かした表現で、音楽全体の面白味という意味では、十分に挽回しているだろう。それに小編成ゆえのティンパニや木管楽器のリアリティーに満ちた生々しさを、優秀な録音が良くとらえている。三角帽子冒頭のティンパニに導かれる「オレ」、セギディリアにおける木管楽器たちの色彩豊かな表現は、当盤の魅力の一つだ。 「恋は魔術師」でフラメンコ歌手マリーナ・エレディアを起用しているのも当盤の特徴。エラス=カサドの狙いとして、この音楽のジプシー風歌謡に、新たな光を与えようというものがあったのだろう。デュトワ盤のユゲット・トゥーランジョー(Huguette Tourangeau 1938-2018)に比べると、音量は少ないが、フラメンコならではのコブシの利いた野趣性ある歌いまわしがあって、なかなかの聴きモノだ。 これら2曲に、新しい切り口で、魅力的な解釈を施してくれた、新鮮な1枚になっている。 |
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交響的印象「スペインの庭の夜」 4つのスペイン小品 ベティカ幻想曲 ドビュッシーの墓に捧げる賛歌 デュカスの墓に捧げる賛歌 歌 夜想曲 マズルカ アンダルシアのセレナータ p: ペリアネス ポンス指揮 BBC交響楽団 レビュー日:2011.11.2 |
★★★★★ ファリャの音楽の「色彩感」を卓越した感性で表現した名演!
1978年スペイン出身のピアニスト、ハヴィエル・ペリアネス(Javier Perianes)による、マヌエル・デ・ファリャ(Manuel de Falla 1876-1946)のピアノ作品集。収録曲は以下の通り。 1) 4つのスペイン小品 2) ベティカ幻想曲 3) ドビュッシーの墓に捧げる賛歌 4) デュカスの墓に捧げる賛歌 5) 交響的印象「スペインの庭の夜」 6) 歌 7) 夜想曲 8) マズルカ 9) アンダルシアのセレナータ 交響的印象「スペインの庭の夜」では、ホセプ・ポンス(Josep Pons)指揮BBC交響楽団がバックを務める。2010年から2011年にかけての録音。 ファリャは20世紀スペインの最高の作曲家と称される。若い頃からワーグナーを研究し、経済的に苦しい中、1907年から7年間、パリで勉強した。1914年の舞踏劇「恋は魔術師」などで名声を得、1919年には代表作として知られるバレエ音楽「三角帽子」を完成する。1938年にはフランコ将軍の命により開設されたスペイン音楽研究所の所長となるが、1939年にアルゼンチンに渡り、亡くなるまでコルドバ近郊で過ごした。彼はスペイン国民主義作曲家とされるが、素材をそのまま用いたアルベニスやグラナドスと異なり、スペインの音楽を西欧的な音楽書法により消化させた点が特徴的だ。ワーグナー研究、そして当時のパリを中心としたドビュッシー、ラヴェルらによる「印象派」の応用が、彼の国際的名声を確立したとも言える。当時のスペインでは、西欧音楽に触れる機会に乏しい環境にあったので、彼の探求は、学究的側面からも大きく評価されるだろう。中でも印象主義音楽の影響を色濃く見せる「スペインの庭の夜」は傑作中の傑作だ。 ペリアネスは母国スペインでの人気の爆発から、一気に世界的になったピアニスト。とにかく絶品といいたいほどの細やかな情感をピアノから引き出している。「歌」はペリアネスの名を最初に知らしめたナンバーであるが、そこから紡がれる奥深い音色の美しさは得難い感興を引き起こしてくれる。 魅力的なのは、感性だけでなく、和音やアルペッジョの、ソノリティのちょっとした変容が見せる「特有の発色」が無類に魅惑的だ。全体のトーンはシックなブルーを思わせるが、高貴さが保たれていて、夜の雰囲気が漂う。 交響的印象「スペインの庭の夜」はオーケストラともども、微細に吟味されつくした音彩で、信じられないほどの透明感を漂わせながら、時折放散されるパッションに、迸るほどの気持ちが乗っていて、ひたすら美しい。無類の美観を漂わせた見事なアルバムだ。 |
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4つのスペイン風小品 三角帽子からの3つの踊り ヴォルガの舟歌 バレエ組曲「恋は魔術師」 讃歌「クロード・ドビュッシーの墓のために」 スペイン舞曲 第2番 ベティカ幻想曲 p: オールソン レビュー日:2019.10.29 |
★★★★★ 実力者オールソンが奏でる光沢豊かなファリャ
アメリカのピアニスト、ギャリック・オールソン(Garrick Ohlsson 1948-)によるファリャ(Manuel de Falla 1876-1946)のピアノ独奏曲集。収録曲は以下の通り。 1) 4つのスペイン風小品 (アラゴネーサ クバーナ モンタニェーサ アンダルーサ) 2) 「三角帽子」からの3つの踊り (近所の人たちの踊り 粉屋の踊り 粉ひき女の踊り) 3) ヴォルガの舟歌 4) バレエ組曲「恋は魔術師」 (パントマイム きつね火の踊り 恐怖の踊り 魔法の輪(漁夫の物語) 火祭りの踊り) 5) 讃歌 「クロード・ドビュッシーの墓のために」 6) スペイン舞曲 第2番 (歌劇「はかない人生」より) 7) ベティカ幻想曲 2016年の録音。 ちまたにファリャのピアノ作品集の録音は、それほど多くはない。楽曲を構成する主たる要素が、舞踏表現という枠内に収まっており、そのため、楽曲表現の方法の模索は、リズム、あるいは音色的なものが中心になり、そのことが、プロのコンサート・ピアニストにとって、強く食指を動かす内的要因の不足となるのかもしれない。 とはいえ、ファリャ特有の民俗色あふれる旋律と、そのリズムを活かした技術は、相応の演奏効果を持っている。しかしながら、もう一つ述べるべき背景として、決定的と言われる名盤がある、ことがある。ラローチャ(Alicia de Larrocha 1923-2009)の名録音のことだ。それらの背景があいまって、他のピアニストが、ファリャの作品を録音することは、少ないのではないだろうか。 そんな中にあって、このオールソンの録音は、なかなかの聴きモノであり、かつラローチャとまた違った聴き味を提供してくれる。ラローチャと比較すると、オールソンはある程度各楽曲を水準化したような、客観性を感じさせるアプローチを基本とし、さらに全般に重さ、落ち着きといったものが備わっている。かといって、それは運動性や躍動性を弱めているのではない。「4つのスペイン風小品」のアンダルーサに聴かれるような、リズムの鋭さに裏打ちされた躍動感は、実にスリリングな味わいだ。それはラローチャのようなエスプリの利いたリズムというより、シンフォニックな厚みを伴った響きである。 有名な「恋は魔術師」では、光沢ある音色と、完全性を感じさせる技巧が見事で、「きつね火の踊り」の明澄さ、「恐怖の踊り」のトリルの効果の高さ、そして「火祭りの踊り」では、天空まで燃え上がる炎を思わせるようなダイナミックレンジが聴き手を存分に楽しませてくれる。なんといっても、音色の質感と音幅の豊かさ、それらを支える技術がもたらす安定感があってこその、計算された迫力が、音楽の美観を惹きたてている。これは、なかなか見事な録音だ。 選曲も面白い。誰もが知っているロシア民謡「ヴォルガの舟歌」の巧妙なアレンジ、ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)の「版画」を思い起こさせるフレーズが使用される讃歌 「クロード・ドビュッシーの墓のために」、そして技巧的な「ベティカ幻想曲」と、珍しい曲たちとの出会いを果たさせてくれる。 音楽フアンにとって、ラローチャと異なる切り口、そして耳新しい楽曲と、二つの要素で新鮮味を味わえる録音であり、とても魅力的な一枚に仕上がっている。 |