デュパルク
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12の歌曲(旅へのいざない ためいき 遺言 フィレンツェのセレナード 波と鐘 哀歌 前世 フィディレ 法悦 悲歌 ローズモンドの屋敷 悲しき歌) Br: モラーヌ p: ビアンヴニュ レビュー日:2015.6.16 |
★★★★★ 聴き手を虜にする「旅へのいざない」
わが子よ、妹よ、 甘い夢を抱くがよい、 あの地へ行って、共に暮らし、 暇にまかせて、愛し合い、 愛して、そして死ぬ夢を・・ デュパルク(Henri Duparc 1848-1933)の高名な歌曲「旅へのいざない」は、聴く者をたちまちのうちに虜にする。ボードレール(Charles-Pierre Baudelaire 1821-1867)の詩が、めちゃくちゃカッコイイのである。このMon enfant, ma soeur, から始められる詩の、幻想的で美しいこと。末尾だってめちゃくちゃ良い。 そこでは、一切が、ただ秩序と美、 そして豪華さであり、静けさであり、悦楽なのだ。 この詩にデュパルク(Henri Duparc 1848-1933)は最高の音楽を与え、至高の芸術品が仕上がった。私にとって、長らくフランス歌曲を代表し、象徴する1曲は、昔からデュパルク作曲、ボードレール詩による「旅へのいざない」なのである。 陰鬱なピアノ連打から始められる無類に美しくどこか不安な旋律は、私が住む北海道の冬の景色、それも低く厚く垂れこめた雲から雪が降り落ちてくる初冬の風景を強く想起させる。冬の到来は無類に美しいとともに、限りない不安を孕む。強い風を伴った寒冷前線が通過するたびに、大陸からやってくる寒気団は、次第に大地を支配していく。「旅へのいざない」は、そんな美と不安がないまぜになった音楽だ。 当盤は名演として知られたもの。カミーユ・モラーヌ(Camille Maurane 1911-2010)のバリトン、リリ・ビアンヴニュ(Lily Bienvenu 1920-1998)のピアノによる1954年のモノラル録音だ。しかし、今もって、この「旅へのいざない」が私にとってベスト。 当アルバムにはこの曲から始まるデュパルクの12の歌曲が収録されている。すなわち(旅へのいざない ためいき 遺言 フィレンツェのセレナード 波と鐘 哀歌 前世 フィディレ 法悦 悲歌 ローズモンドの屋敷 悲しき歌)の12曲である。 LP時代から何度も聴いたアルバムだけど、やっぱり冒頭の「旅へのいざない」が抜群によい。神がかった一品だ。モラーヌの歌唱は声量豊かとはいえないが、その制約感がこれらのリートには抜群の適性だ。ビアンヴニュのピアノも良い。全般に暗いトーンで、繊細さを保った音色は、不思議な暖かさも持っていて、モラーヌの声にピタリと合う。 他の曲では、個人的には2曲目の「ためいき」が好きな作品。ピアノ伴奏で繰り返し用いられている和音の音型が、詩的な雰囲気を盛り上げる。第5曲「波と鐘」、第8曲「フィディレ」では、それぞれ熱にうなされる様な歌いまわしが印象に残る。最後の第12曲「悲しき歌」の素朴な透明感も良い。 LPの復刻ということもあり40数分の収録時間ではあるが、無二といって良い価値を持った歴史的名盤であると思う。 |