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ドホナーニ



管弦楽曲

交響的小品 童謡の主題による変奏曲 組曲嬰ヘ短調
ファレッタ指揮 バッファロー・フィルハーモニー管弦楽団 p: ネボルシン

レビュー日:2017.9.22
★★★★★ 作曲家ドホナーニの魅力を伝える絶好の1枚です
 ジョアン・ファレッタ(JoAnn Falletta 1954-)指揮、バッファロー・フィルハーモニー管弦楽団の演奏による、ハンガリーの作曲家、エルンスト・フォン・ドホナーニ(Ernst von Dohnanyi 1877-1960)の作品集。ロマン派のウィットに富んだ作風を楽しめるアルバムだ。収録されているのは以下の3作品。
1) 交響的小品 op.36(カプリッチョ ラプソディ スケルツォ 主題と変奏 ロンド)
2) 童謡の主題による変奏曲 op.25
3) 組曲 嬰ヘ短調 op.19
 2)のピアノ独奏はエルダー・ネボルシン(Eldar Nebolsin 1974-)。2008年から09年にかけての録音。
 2)の「童謡」とは、日本では「きらきら星」の名で知られるもので、原曲は18世紀フランスのシャンソン。モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)が同じ旋律に基づいて独奏ピアノのための変奏曲を書いている。
 ドホナーニの作風は、ロマン派ならではの情緒に満ちたもので、旋律的にも保守的。しかし、そこに一流の着こなしというか、ユーモアの介在があってとても楽しめるもの。音響的にはブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)やR.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949)への親近性を感じさせる。
 冒頭の「交響的小品」は、そのような彼の代表作の一つと言って良く、5つの性格的な楽章のおりなすあやが魅力だ。とくに偶数楽章の郷愁的な雰囲気は、多くの聴き手の心に響くものに違いない。
 「童謡の主題による変奏曲」は、ドホナーニのユーモア精神が如何なく発揮された名品で、この簡素でかわいらしい主題と、壮大でシンフォニックなオーケストラの響きを、気の効いた節回しで繋いで見事な逸品に仕立てたもの。大家が本気の遊び心で書いた作品だろう。
 末尾の「組曲 嬰ヘ短調」は、こまかく10のパーツに分かれるが、前半は変奏曲のような相貌をもっていて、収録された3曲すべてに「変奏」的要素という共通項があることがわかる。
 ファレッタは、これらの楽曲を、単に愉悦に満ちた演奏を心掛けるだけでなく、全体的な重厚さを十分踏まえながら、一つ一つ丁寧にアプローチしており、結果として、ドホナーニの作品らしさが、とてもよく引き出されていると感じられる。オーケストラの反応も手堅く、立派なもの。また「童謡の主題による変奏曲」におけるネボルシンのピアノの美しさと細やかさも圧巻と言って良く、全3曲とも、同曲を代表する録音と言って差し支えない。
 とにかく親しみやすい1枚で、ドホナーニというあまり知られない作曲家の魅力を、良く伝える内容となっています。


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協奏曲

ピアノ協奏曲 第1番 第2番
p: ロスコー グルチェンコ指揮 グラスゴーBBCスコティッシュ管弦楽団

レビュー日:2004.2.14
★★★★☆ 遅れて来たロマン派の秘作
 ハイペリオンのロマン派の隠れたピアノ協奏曲を発掘するシリーズの6枚目。
 指揮者のクリストフ・フォン・ドホナーニの祖父としても知られてるエルンスト・フォン・ドホナーニは1877年、ハンガリーに生まれた作曲家。20代のころ欧米で名ピアニストとして名を馳せた。終戦後の1949年にオーストリアからアメリカに移住し、なくなるまでアメリカで暮した。
 いくつかの作曲作品を残しているが、ピアノ協奏曲では第1番が充実した出来映えである。この時代にしてはかなり古風なスタイルのロマン性を保っており、同郷のバルトークとの違いを感じる。


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室内楽

ドホナーニ ピアノ五重奏曲 第1番 六重奏曲  コダーイ 弦楽四重奏曲 第2番
p: シフ タカーチ四重奏団 hrn: ヴラトコヴィチ cl: ベルケシュ

レビュー日:2016.8.9
★★★★★ 知名度は低いが名曲の味わい。ドホナーニの室内楽。
 タカーチ四重奏団を中心としたアンサンブルによるハンガリーの作曲家、エルンスト・フォン・ドホナーニ(Ernst von Dohnanyi 1877-1960)の2作品に、別音源を加えた再編集版。コストパフォーマンスにとても優れた1枚。まずはその収録内容を記載する。
1) ドホナーニ ピアノ五重奏曲 第1番 ハ短調 op.1
2) ドホナーニ ピアノ、クラリネット、ホルン、弦楽のための六重奏曲 ハ長調 op.37
3) コダーイ(Kodaly Zoltan 1882-1967) 弦楽四重奏曲 第2番 op.10
 1)と2)で、ピアノはアンドラーシュ・シフ(Schiff Andras 1953-)、2)のホルンはラドヴァン・ヴラトコヴィチ(Radovan Vlatkovic 1962-)、クラリネットはカールマン・ベルケシュ(Kalman Berkes 1852-)。
 4)はムジークフェライン四重奏団による演奏。1)と2)は1977年から78年にかけて、3)は1978年の録音。いずれもアナログ録音ながら、その品質は良好だ。
 ドホナーニは最近、その認知度を高めている作曲家の一人。コダーイやバルトーク(Bartok Bela 1881-1945)と同時代の同郷の作曲家ということになるが、そのスタイルは大きく異なっていて、ロマン派の王道といってもいいような情緒的な味わいのある音楽を書いた。ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)そして、シューマン(Robert Schumann 1810-1856)といった大家の影響を受け、作品1となる当盤に収録された「ピアノ五重奏曲 第1番」を書き上げたときは、まだ17歳。しかし、すでに驚くほど高い完成度を示している。それだけでなく、その美しさから、古今のピアノ五重奏曲の中でも傑作として指おられるべき内容を持ったものと言える。ブラームスも、この作品を絶賛したと言う。
 4楽章構成で、中間に情熱的なスケルツォと抒情的な緩徐楽章を置くところも、ブラームス的。それとともに、全曲を貫く瑞々しく清らかな感覚的な美しさと、テンポよく進むよどみのなさに惹かれる。その整えられた音楽性は、万人に愛される性格を感じさせる。嫌われる要素のとても少ない作風という表現もできるだろう。特に面白いのは第2楽章のリズム処理だが、それに挟まれたトリオの味わいはシューマンを彷彿とさせるだろう。
 シフとタカーチ四重奏団による演奏は、洗練を感じさせながら、力強い踏み込みがあり、示唆性にも不足を感じさせない。スピード感に溢れながら、味わいの点でも十分に満足させてくれる。
 このピアノ五重奏曲から40年後の作品となる「ピアノ、クラリネット、ホルン、弦楽のための六重奏曲」は、当然のことながら練達した表現を深め、より様々な要素を感じさせるものとなるが、こちらも美しい傑作だ。ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928)の六重奏曲「青春」を思わせるような、楽器の連携が楽しい。主題の魅力や、展開する力も安定している。楽器のつながりは、独特の「絶え間のなさ」を演出している。演奏は、ホルンの力強い響きが印象的で、かなり全体に及ぼす力をこの楽器に与えた解釈に感じられるが、その方向性でうまくまとまっていると言えるだろう。
 別音源のコダーイの弦楽四重奏曲も、なかなか面白い曲で、この作曲家特有のマジャール旋律からの引用や、ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)的な和声の組み方が興味深い。演奏も、コダーイの語法を的確に押さえたもので、第2楽章のアンダンテに音楽の深い息づきを感じさせる。
 いずれも楽曲、演奏ともに高い価値を示す一枚で、廉価であることを踏まえ、ライブラリの充実にも絶好のアイテムといったところ。

弦楽四重奏曲 第2番 ピアノ五重奏曲 第1番 第2番
タカーチ四重奏団 p: アムラン

レビュー日:2019.11.18
★★★★★ 知名度は低いが名曲の味わい。ドホナーニの室内楽。
 タカーチ四重奏団によるドホナーニ(Ernst Dohnanyi 1877-1960)の美しい3つの室内楽を収録したアルバム。収録曲は以下の3曲。
1) ピアノ五重奏曲 第1番 ハ短調 op.1
2) 弦楽四重奏曲 第2番 変ニ長調 op.15
3) ピアノ五重奏曲 第2番 変ホ短調 op.26
 2曲のピアノ五重奏曲では、アムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)のピアノが加わる。
 2018年の録音。
 録音時のタカーチ四重奏団のメンバーは、第1ヴァイオリンがエドワード・ドゥシンベル(Edward Dusinberre 1968-)、第2ヴァイオリンがハルミ・ローズ(Harumi Rhodes 1979-)、ヴィオラがジェラルディン・ウォルサー(Geraldine Walther 1950-)、チェロがアンドラーシュ・フェイェール(Andras Fejer 1955-)。2018年に第2ヴァイオリンがカーロイ・シュランツ(Karoly Schranz 1952-)から交代し、その直後の録音ということになる。
 1)はタカーチ四重奏団には70年代末にアンドラーシュ・シフ(Schiff Andras 1953-)と録音したものもある。メンバーは、設立当初から参加しているフェイェール以外、現在とは異なる顔ぶれであるが、私はこの録音をたいへん気に入っていて、この曲の決定的録音だと思っている。
 そして、フェイェール以外のメンバーが交代し、40年を経て、当盤が登場したことになる。しばしば協演しているアムランとの顔合わせというのも興味深い。
 「op.1」を与えられたドホナーニのピアノ五重奏曲は、作曲者17歳のときの作品であるが、何度聞いてもその完成度の高さには惚れ惚れする。この作品のスコアを見たブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)は、それが学生の作品であるにもかかわらず「自分が付け加えるべきものは、何もない」と感嘆したそうだ。ただ、この楽曲が、現在それにふさわしいぐらい広く演奏、録音されているとは言い難い。私は、まぎれもなくロマン派の名室内楽に加えるべき作品と思っているので、当盤の登場はうれしい。
 4楽章構成で、中間に情熱的なスケルツォと抒情的な緩徐楽章という配置はブラームスを思わせるが、全体の構成感に富んだ流れの良さは、古典的整然性をも湛えている。旋律も美しく、かつ品がある。前述したシフとの旧録音と比べると、このたびの録音は、叙情性より構成美に重点をシフトさせ、時に淡さもまじえながら、マホガニー色と形容したい深みのある音色で楽想を奏でている。それゆえに、終楽章における華やぎが、浮き立つように現れて、聴き手の心を楽しくさせてくれる。
 弦楽四重奏曲第2番も名作だ。ロマン派の弦楽四重奏曲として、ぜひ、名作の中に指折りたい。特に規模の大きい第3楽章の力感に満ちた運動美は、古典的造形性も湛えた素晴らしい聴き心地だ。この1曲を聴くだけで、現在における作曲家ドホナーニの評価が過少であることがわかる。タカーチのふくよかでありながら、線的な鋭さも備えた美演が心地よい。
 最後に収録されたピアノ五重奏曲第2番も美しい作品。アムランはやや軽めのタッチでこの作品をまとめている。もっと重厚な演奏でも良いとも思うが、これはこれで、良く響くし、見通しも良い。ドホナーニ作品らしい、古典性と旋律美の両立がなされていて、充実した音楽であるが、第1番に比べると、新規性を感じらせる趣向もあって、多層な音楽価値をもった作品と言えるだろう。アムランとタカーチは、均衡感ある視点で、これを軽やかかつ颯爽とまとめ上げた感がある。
 収録時間80分、ドホナーニの室内楽の素晴らしさに浸れるアルバムになっている。


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