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ショーソン



室内楽

ショーソン ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセール  フランク ピアノ五重奏曲
vn: パールマン p: ボレット ジュリアード弦楽四重奏団

レビュー日:2013.9.4
★★★★★ フランクとショーソンの作品の繋がりを示す名演
 ショーソン(Ernest Chausson 1855-1899)の「ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセール」とフランク(Cesar Franck 1822-1890)の「ピアノ五重奏曲」というフランスで生まれた名室内楽2曲を収録。演奏は、キューバのピアニスト、ホルヘ・ボレット(Jorge Bolet 1914-1990)とジュリアード弦楽四重奏団。ショーソンの楽曲では、イスラエルのヴァイオリニスト、イツァーク・パールマン(Itzhak Perlman 1945-)が加わる。録音は、ショーソンが1982年、フランクが1978年。
 たいへん興味深い選曲であり、演奏者の顔合わせである。パリで生まれたショーソンは、最初法学を学んでいたが、志を作曲家に変え、「詩曲」に代表されるいくつかの名品を生み出した。そんなショーソンは、当初マスネ(Jules Massenet 1842-1912)に師事していたが、その指導に疑問を感じ、フランクの門下に入り、高い香気を宿した作風を獲得していくことになる。
 フランクのピアノ五重奏曲は、作曲家晩年の「傑作群」の「第1弾作品」であり、1879年に書かれた。これは、ちょうどショーソンが24歳でパリ音楽院に入った年であり、そのおよそ10年後にショーソンはヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセールを書き始めることになる。このアルバムではショーソンが冒頭に収録されているが、以上の時系列を意識して聴くなら、まずフランクを聴くことになる。
 いずれにしても、これらの2曲は、特有の香気に満ちた名曲で、特にフランクの作品は、数ある同ジャンルのものの中でも、際立った傑作として指おられる作品だ。一つの主題を繰り返し素材として用いることで、全曲に統一感をもたらす「循環形式」の様式美が際立っていて、主題の美しさとともに、全曲に荘厳な気配をもたらしている。そして、ショーソンの作品では、終楽章において師フランクから譲り受けた輝かしい「循環形式」による効果が発揮されている。そういった観点でも、これら2曲を同時に聴けるのは、とても興味深い。
 演奏者の面でこのディスクの価値を考えてみると、ボレットにとって数少ない室内楽録音であるというのが貴重だ。キューバで生まれたボレットは、かつて米軍に所属しており、日本にもGHQの一員として駐留していたという異色のキャリアを持つピアニストで、更にはリスト(Franz Liszt 1811-1886)の弟子であったローゼンタール(Moriz Rosenthal 1862-1946)に師事したため、リストの孫弟子という肩書を持ってもいた。ボレットの録音活動はデッカ・レーベルと契約した晩年に集中しているが、それ以前の録音はあまり多くはなく、ましてデッカにはボレットの室内楽の録音がないこともあいまって、当盤の貴重度は高い。しかも、共演相手が精緻な響きで絶妙をきわめていたころのジュリアード弦楽四重奏団である。さらには、当時世界最高との声も高かった名ヴァイオリニスト、パールマンが加わっているのだから、凄い録音があったものだ、と感慨にふけってしまう。しかもフランスの名品2作である。
 演奏は、ボレットの結晶化しきったような澄んだピアノの響きに支えられ、非常に純度の高いピュアなソノリティを満喫できるものとなっている。例えば、ショーソンの第2楽章のシチリアーノの、小さな起伏が寄せては返すような部分の微細な色合いの美しさは絶品で、演奏の精度の高さを実感できるところ。フランクでは、ボレットのピアノが主となるしっかりとした足取りを感じさせるテンポで、堅実に音楽を進め、循環形式の高貴さを損なうような余計な演出がいっさいないところが素晴らしい。これらの楽曲の本質を見抜いたと感じさせてくれるような名演となっていると感じる。

ショーソン ピアノ四重奏曲  ルクー ピアノ四重奏曲
ガブリエルピアノ四重奏団

レビュー日:2015.11.24
★★★★★ 夭折の作曲家が遺した美しいピアノ四重奏曲
 ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという4つの楽器による「ピアノ四重奏曲」というジャンルに名曲はそう多くない。ざっと並べてみても、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)の2曲、シューマン(Robert Schumann 1810-1856)の1曲、ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)の3曲、フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)の2曲といったところだろう。しかもそれらのうちフォーレの作品を除けば、その作曲家の代表作として、早くに思いつく楽曲とは言い難い。
 そんな渋いジャンルに「代表曲」に相応しい作品を遺したのがフォーレであったが、そのフォーレの名をとったガブリエルピアノ四重奏団が、2つの知られざる美しいピアノ四重奏曲を紹介してくれたのが当アルバム。収録曲は以下の2曲。
1) ショーソン(Ernest Chausson 1855-1899) ピアノ四重奏曲 イ長調 op.30
2) ルクー(Guillaume Lekeu1870-1894) ピアノ四重奏曲 ロ短調(未完)
 ガブリエルピアノ四重奏団のメンバーは、ピアノが金子陽子、ヴァイオリンがギヨーム・プレス(Guillaume Plays)、ヴィオラがエマニュエル・ハラティック(Emmanuel Haratyk)、チェロがジェローム・パンジェ(Jerome Pinget)。このアルバムは1996年に録音されたもの。
 取り上げられた2人の作曲家は、いずれもフランク(Cesar Franck 1822-1890)に師事し、ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883)から様々な影響を受けた人物。いくつかの名品を書きながらも、ショーソンは44歳で自転車事故により、ルクーに至ってはなんと24歳の若さでチフスにより天に召されてしまった。
 ルクーのピアノ四重奏曲は、そのルクーが最後に精力的に手掛けていた作品で、彼の作曲家としての才を高く評価していたイザイ(Eugene-Auguste Ysaye 1858-1931)の依頼により手がけられていた。最後の病床で、ルクーは「第2楽章のしめくくりかたがわかった!第3楽章の主題も全部浮かんできた。この曲は3楽章でまとめるんだから、そうしたら終わりだ。終楽章は前の二つより、もっと美しくなるよ!」と話していたという。しかし、ルクーの心のうちにあった第3楽章は、スコアに書かれることなく永遠に失われた。当盤には2楽章までが収録されている。
 しかし、このルクーの作品が美しいのだ。彼はすでに素晴らしいヴァイオリン・ソナタをものにしていたし、もし、天がルクーにいくばくかの余命を与えていたら、どんな名品が世に遺されたことだろう、と思ってしまう。
 また、ショーソンとルクーのピアノ四重奏曲では、精神的な親近性が強く感じられる。これらの楽曲の旋律は、いずれも作曲家の魂を感じさせるデリカシーと精緻さにいろどられていて、その中に、緊張や静謐、情熱や詩情といったものが、重層的に組み上げられているのである。これらの楽曲を聴いたとたんに直感的に理解するのは難しいが、本ディスクのような優れた演奏で深く何度か聴いていると、細やかに、しかし深く心のひだに働きかえてくる動きを感じる。それは、いささか感傷的な形容かもしれないけれど、決してありふれたものではない香気が充満しているのである。
 ショーソンの曲では、第1楽章から物憂さと幻想的なもののなかで、寄せては返す情熱が美しいし、師であるフランクの作風を彷彿とさせる終楽章も味わい深い。ルクーの曲では15分を越える第1楽章全体を通じて、熱っぽい歌い回しが、その熱を帯びたまま自由に変容していくのだが、その様相が、葛藤、焦燥、情念といった心理を引き出していて感動的。これに対し空冷化の役割を持つ第2楽章のどこか切ない描写性も美しい。この曲に3楽章が書かれ、完成されていたなら、と思えてならない。
 ガブリエル四重奏団の演奏は、少し粗いところもあるが、アンサンブルのしなやかさ、息の合った踏み込みなど過不足なく、安定感のあるバランスで、これら2曲の美点をよく伝えてくれている。


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