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カトワール



器楽曲

カプリスop.3 6つの小品op.6より第2曲「前奏曲」、第3曲「スケルツォ」、第5曲「間奏曲」 3つの小品op.2 幻影op.8 5つの小品op.10 4つの小品op.12 4つの前奏曲op.17 たそがれどきにop.24 4つの小品op.34より第2曲「詩曲」、第3曲「前奏曲」 ワルツop.36
p: アムラン

レビュー日:2014.11.5
★★★★★ 埋もれさせるにはあまりに惜しい作曲家、ゲオルギー・カトワール
 世界を代表する技巧派ピアニスト、マルカンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)による1998年録音のゲオルギー・カトワール(Georgy Catoire 1861-1926)のピアノ作品集。収録曲の詳細は以下の通り。
1) カプリス op.3
2) 6つの小品 op.6より 第5曲「間奏曲」
3-5) 3つの小品 op.2
6) 6つの小品 op.6より 第2曲「前奏曲 変ト長調」
7) 6つの小品 op.6より 第3曲「スケルツォ 変ロ長調」
8) 幻影(ピアノのための練習曲) op.8
9-13) 5つの小品 op.10
14-17) 4つの小品 op.12
18-21) 4つの前奏曲 op.17
22-25) たそがれどきに(たそがれどきの歌) op.24
26) 4つの小品 op.34より 第2曲「詩曲」
27) 4つの小品 op.34より 第3曲「前奏曲」
28) ワルツ op.36
 78分近くの収録時間を目いっぱい使っている。
 と、ここまで書いたけれど、多くの人が、「ところで、カトワールって誰?」と思うだろう。私もこのディスクを通じて初めて知った。カトワールは、フランス出身の両親の元、モスクワで生まれ活躍した作曲家。チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-1893)は早くから彼の才を見抜き、多くの音楽家に紹介していたという。カトワールのピアノ作品は、華麗な演奏技巧を散りばめたものだったが、それらはいつのまにか、人々に忘れ去られてしまう。そのような状況の中、彼の作品の発掘と啓発に積極的な姿勢を打ち出したのがアムランである。
 カトワールの作品一つ一つの規模は、そう大きくはない。基本的にはABAの構造をしていて、大きな展開はないから、そこだけ見れば、グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907)に近い。しかし、その魅力は、様々なアイデアを持った技術的嗜好性の多様さに支えられたモザイク画を思わせる素描性、保守的な和声を扱いながら、自由に伸縮するリズムの自在性にあると思う。それは時折スクリャービン(Alexandre Scriabine 1872-1915)を思わせるが、両者の決定的な違いは、スクリャービンの場合、それを希求し、うなされる様にして辿り着いたものであったのに対し、カトワールは初めからそこに居たかのような、エネルギー的な安定を感じさせるところである。(逆に、それがスクリャービンの魅力でもある)。
 そのような点で、今度はメトネル(Nikolai Medtner 1880-1951)を想起する人も多いだろう。メトネルも両親がドイツ人で、ロシアで活躍したから、そのような背景的なものでも、カトワールと印象が共通するところは多い。しかい、カトワールのピアノ曲は、一層「動き」を感じさせ、曲の進行に併せて、何かが変容していく様を抱かせる。
 それにしても、このアムランの録音は素晴らしい。このディスクを聴くと、多くの人は、「なぜこれまでカトワールはこれほどまでに無名だったのだろう」と首を傾げてしまうだろう。保守的な和声であるが、その進行に認められる洗練は、きわめて高い次元に達しているし、その技法をもって、ロシア的なロマンティズムと、フランス的な洒脱なスタイルの融合は、ちょっと他に思いつかないようなピアノ世界を繰り広げている。欠けているものと言えば、旋律に関するインスピレーションがもう一つ何かあれば、と思わせるが、アムランの超絶的な演奏は、それをうねりで覆い尽くすような力強さがある。
 収録曲中で、どれがいいか?となると難しいが、私は「5つの小品 op.10」を採りたい。簡素な円熟を感じさせながら、不思議な自由さに満ちた音楽で、とても美しいと思う。
 この素晴らしい録音から15年以上が経過してしまった。他のピアニストたちの追従がないのが寂しいが、アムランによる当盤の完成度があまりにも高かったため、逆に敬遠されてしまったのだとしたら、もったいない話である。ぜひ、多くのピアニストに、カトワールを弾いてほしい。


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