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ブルッフ



協奏曲

ヴァイオリン協奏曲 第1番 第2番 第3番 スコットランド幻想曲
vn: エーネス デュトワ指揮 モントリオール交響楽団 ベルナルディ指揮

レビュー日:2011.2.28
★★★★★ ブルッフの全ヴァイオリン協奏曲を、鮮やかなソロとオケで堪能
 1976年カナダ出身のヴァイオリニスト、ジェームス・エーネス(James Ehnes)によるブルッフ(Max Bruch 1838-1920)のヴァイオリン協奏曲全集。2枚組みの当アルバムの内容は以下の通り。
CD1 ヴァイオリン協奏曲 第1番&第3番 デュトワ指揮 モントリオール交響楽団 2000年録音
CD2 スコットランド幻想曲&ヴァイオリン協奏曲 第2番 ベルナルディ指揮 モントリオール交響楽団 2002年録音
 ドイツの作曲家ブルッフは、オラトリオなど声楽作品で名を馳せた。しかし、現在、演奏・録音機会に恵まれるのは、ヴァイオリンと管弦楽のための一連の作品と、チェロと管弦楽のための「コル・ニドライ」に留まる。ヴァイオリン協奏曲では第1番があまりにも有名なため、他の2曲はちょっと陽の当たらない存在となっているが、全般にメンデルスゾーンの影響を感じる叙事詩的で歌謡性のある音楽で、なかなかの佳曲と思う。
 非常に高名な第1番は1867年の作品で、全曲がアタッカで奏されること、カデンツァがないことが特徴。また第1楽章の激性と第2楽章の耽美性はロマン派の真髄を感じさせる。
 第2番は1877年の作品。アダージョで始まるのが協奏曲としては異質で、全曲の前奏曲的役割を持つ。第2楽章は劇的だが、これまた終楽章への橋架けとしての性格を有する。さらに終楽章はスケルツォとフィナーレの双方の性格を有していて、全曲が大きな視点で括られたような作品。ブルッフ自身はこの作品を第1番より気に入っていたという。
 1880年の作品である「スコットランド幻想曲」は形態としては協奏曲だが、ハープに重い役割を与えているのが特徴。序章に続く4つの楽章がそれぞれケルト民謡を取り入れていて、メロディーとしても親しみ易い。ブルッフ自身この作品について「失われたメロディへの憧憬」があることを言葉にしている。また、五音音階の使用にも特徴がみられる。
 第3番は1891年の作品。当初第1楽章のみの独立した作品であったが、ヨアヒムの助言から3楽章構成の協奏曲となった。リズムに乗ったメロディの交錯がブラームスを思わせる。特に終楽章はエネルギッシュで直情的な音楽と言える。
 エーネスのヴァイオリンはとにかく技術が安定している。敢えてどこかで強く主張するようなポイントを設けないことで、焦点のぼける部分が出ることを防いでおり、楽曲の自然な起伏を直裁に表現している。規律がありながら生気に溢れた音色は、肌触りが良く、オーケストラともよく馴染む。第1番ではデュトワの流麗でありながら制御の行き届いた手腕が圧巻で、クライマックスもオーケストラを咆哮させず、的確な幅を持ったシンフォニックな表現を獲得している。幻想曲と第2番を指揮したベルナルディの演奏も、水準の高い統率能を見せていて、感性豊かな演奏家だと感じた。

ブルッフ ヴァイオリン協奏曲 第1番  ドヴォルザーク ヴァイオリン協奏曲
vn: フィッシャー ジンマン指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

レビュー日:2013.11.27
★★★★★ 「美しさ」と「刺激」の双方で充足感を与えてくれる名演
 ユリア・フィッシャー(Julia Fischer 1983-)のヴァイオリン、デイヴィッド・ジンマン(David Zinman 1936-)指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏によるドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904)のヴァイオリン協奏曲イ短調 op.53 とブルッフ(Max Bruch 1838-1920)のヴァイオリン協奏曲第1番ト短調 op.26の2曲を収録。2012年の録音。
 ドイツのヴァイオリニスト、ユリア・フィッシャーは、1995年のユーディ・メニューイン国際コンクールでの優勝をはじめとする数々の輝かしいコンクール歴を経て、2006年に23歳という若さで、フランクフルト音楽・舞台芸術大学の教授となった。なんでもこの年齢での教授職への就任は、ドイツの最年少記録らしい。当盤はそんな若き天才フィッシャーが、老練な巨匠ジンマンとロマン派の2曲の名協奏曲を録音したもの。
 演奏は、たいへん素晴らしい。美しさと刺激の双方の成分で、聴き手を存分に満足させるものだ。
 私は当初、CDの収録曲として、この2曲だけというのは、ちょっと少ない気がしていた。まるでLP時代に戻ったかのような60分に満たない収録時間。しかし、聴いてみて、この内容の濃さであれば、お釣りがくるくらいの印象に変わった!これはいいアルバムだ。  私にはドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲という作品は、ちょっと思い入れのある作品。そもそもこの作品の評価というのは、今一つだった感がある。昔から名曲「チェロ協奏曲」の影に隠れて、随分割り引かれた。この名曲に対して、なんと失礼な!しかし、CD時代になって状況は変わった。数多くの名盤・名演でこの楽曲が奏でられることとなった。特にシュポルツ(Pavel Sporcl 1973-)、エーネス(James Ehnes 1976-)、シャハム(Gil Shaham 1971-)の3枚は素晴らしい。彼らはみんな70年代生まれのヴァイオリニスト。新しい時代の到来を感じさせた。
 そして、今回80年代生まれのユリア・フィッシャーの名演が加わったわけだ。なんとも層が厚くなった。まずはそのこと自体が慶賀の至り。
 さて、それでは当フィッシャー盤の魅力とはなにか。まずは何と言っても独奏ヴァイオリンの音色である。なんと滑らかで艶やかな音色。その流線型のフォルムは、自然にエネルギーを収縮、放散させる理想の形状を持っているように思われる。この滑らかな音で奏でられる旋律が放つ光沢に満ちた美観は得難い体験といって良いだろう。次いでオーケストラとのバランスの良さも特筆したい。これは録音技術の成果という部分も大きいのだけれど、全ての情報が適切な量を伴って聴き手に届くと言う気持ちよさに満ちた音を実感する音響なのだ。こういうのを録音芸術というのかもしれない。
 楽曲自体の魅力が増したように感じられるのもメリット。ドヴォルザークのアレグロ楽章の熱に満ちた進行にドラマを感じるが、それ以上に両曲の緩徐楽章の天国的な美しさが素晴らしい。特にブルッフの曲は、全曲がアタッカで奏されることもあって、下手をするとこの第2楽章は「繋ぎ」のような印象になってしまって、あまりはっきりした主張を感じられないままになることもあるのだけれど、このフッシャーの演奏は、奥行きの深い表現で、しっとりと、確かな存在感を味わわせてくれるものになっている。


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