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その他の書籍等


トランプ殺人事件 竹本健治

レビュー日:2005.4.2
★★★★★ 深い感銘を得られる傑作「小説」
 竹本健治のゲーム三部作が待望の文庫化された。本作「トランプ殺人事件」は三部作の最後にして、竹本作品の一つの精緻な頂点を為す作品といえる。本書を読まれる方には、ぜひそれに先だって「囲碁殺人事件」と「将棋殺人事件」を読まれることをオススメする。ひとつひとつが独立した作品ではあるが、その方がより深い感銘が得られるはずだ。
 今回の文庫化に際して大内史夫氏が末尾に付した解説が名解説で、私がこの作品から感じた「えもいわれぬ感慨」を巧みにすくってくれており、一つの文庫本としてよくできたものになっている。
 この作品は「殺人事件」のタイトルを持ち、実際、事件を軸に話は展開するが、それによって描かれる世界の美しさと儚さ、もろさが小説としての驚くほど深い感銘を与えてくれる。
 人が漠として感じる不安や、自分の存在への問いかけが優しく、しかしその背後に深い闇をともなって、読者のまわりを取り囲んで行く。読み進むにしたがって、様相を変える自らの周囲の闇に人は気づくに違いない。
 もちろんパズラーたちをも十分に納得させる力感も持っており、あらゆる意味で深い作品と言える。この作品の読後に得られる深い感情をもって、この作品を傑作と呼ぶにためらわない。

フォア・フォーズの素数 竹本健治

レビュー日:2005.10.30
★★★★★  誰もが心の奥底に持っているもの・・・
 竹本健治の短編集第2集が文庫化された。この作家は多面的な様相を持っている。ホラー、ミステリー、バイオレンス、暗号、計算、少年といったキーワードが思いつかれるが、ここに集められた小品集は、それらのエッセンスが時には際立ち、時には脇役にまわって、きわめてユニークでかつ印象深い、代表作といえる作品群を成すに至っている。一つ一つの作品が独立した宇宙を持っていて、中にはショートショート的な短くも怖い話もある。
 が、概して言えるのは、誰もが心の奥底に持っているような、幼年期から少年期にかけてふと感じた不安や心の闇を改めて喚起し、もう一度振りかえってみるような、不思議な郷愁めいたものを与えてくれることが多い。これは作者自身がきわめて多感な少年時代を過ごしたからにちがいないと思われるが、おそらく多くの人がかつて感じたことがあるであろう「あの時のえもいわれぬ感じ・・・」が小説の中で、突如湧き上がってくるような書法には、恐れ入る。そう、この人の作品は、「あの」という代名詞を用いて説明せざるを得ない「あの感じ」こそが白眉なのだ。胸の琴線に触れる、そうとしか言い様のないものだ。
 特に標題作は、竹本の得意ジャンルとも言える計算ジャンルの極めてユニークな小説だ。4つの「4」から導かれる自然数たちを求める少年の探求心と、そのどんでん返しの鮮やかさには舌を巻く。最後に余韻を引く淡い情緒の残る小品が多い。

ナ・バ・テア 森博嗣

レビュー日:2005.4.10
★★★★★ 「望むこと」に飽きないために・・・
 いくつものシリーズを同時進行式に持っている森博嗣だが、本作はスカイ・クロラと同列で、キルドレ(childrenの音だと思われる)シリーズといえる一品。
 改行が多く、詩的な文章である。全篇を通して、詩学的な思索性に満ちている。いくつかのタイプのヒコーキが登場し、そのメカニズムを背景にした空中戦が精緻な書法で表現されていて、アニメ的でもある。
 登場人物の名前も暗示的だ。クサナギ、ゴーダ・・・これらはDVDアニメシリーズ「攻殻機動隊 stand alone complex」シリーズの重要登場人物にダブる。両者の作品には共通のモチーフがある。自己へのあくなき問いかけと、現実との関わりへの倦みの交錯である。
 それがよりはっきりするのは、“劇場版攻殻機動隊” である「イノセンス」の次のセリフだ。「人はおおむね自分が思うほどに幸福でも不幸でもない。大事なのは、望んだり生きたりすることに飽きないことだ。。。」元ネタはロマン・ロランであるが、このテーゼはこのキルドレ・シリースにもビタリとはまる世界観と言える。
 大事なのは「望みが叶うかどうか」ではない。「望むこと」自体に飽きないことなのだ。でも飽きたときは・・・その問いに潜む漠たる不安と恐怖はこの小説でも深淵なる口を開けていると感じられた。

下り“はつかり"―鮎川哲也短編傑作選〈2〉 (創元推理文庫)

レビュー日:2005.4.30
★★★★★ 「ミステリファンにとって「知るべき存在」の作品群
 近年に起こったミステリ・ルネッサンスとよばれる新進の作家たちの台頭の、その礎を築いたのが鮎川哲也ということになろう。本格ミステリの潮流を遡れば、必ず鮎川の名は出てくるのだ。
 逆に、現代の系譜を俯瞰するとき、そこに鮎川の存在を知って見るのと、見ないのでは、その認識の精度も変ってくる。もちろん、ミステリファンにとって鮎川は「知るべき存在」に違いないのである。そんな偉人鮎川哲也を知るのに、東京創元社文庫から刊行された2冊の短編集は理想的だ。
 前編といえる「五つの時計」に次ぐ本作には代表作として名高い「赤い密室」「達也が嗤う」などが収録されている他、「地虫」のような異色作もあり、そして、ここに収録された全作が、現代ミステリへ脈々とエネルギーを供給する「本格の源泉」であると感じられる。文章、文体の気高さ、無駄な虚飾を排しながらも、闇をみつめる慧眼。そしてトリックそのものの質の高さがなんといっても素晴らしい。最近の作家であれば、こんな素晴らしいトリックをおもいついたのであれば、当然長編として仕上げるであろうアイデアを、惜しげもなく短編に降り注いでいる。
 もちろん、いまとなっては時代を感じさせる部分も多いが、トリックそのものの着眼点の秀逸性は現代の読み手をも十分満足させるに違いない。なお、末尾に収録されている鮎川に多大な影響を受けた、有栖川有栖、北村薫、山口雅也の三氏の対談も、非常に興味深いものになっている。

朱の絶筆 星影龍三シリーズ (光文社文庫) 鮎川哲也

レビュー日:2007.6.25
★★★★★ とにかく「鮎川」のテイストが堪能できる名作です
 最近、鮎川哲也の作品が次々と文庫化され、廉価での入手が容易となっている。現代日本ミステリ界における、いわゆる「本格」の復興によるものだろうが、このジャンルの先駆者であった鮎川の評価が近年さらに高まっているのはうれしい。
 「朱の絶筆」は元来「犯人当て」のための短編として書かれた作品である。これを後に鮎川が長編に書き直したのであるが、本文庫には、「長編版」と「短編版」の双方が収録されている。「短編版」は資料的価値のあるもので、あくまで「長編版」を読んでから読まなくてはならない。(結末がわかっちゃうので)
 さて、鮎川の作品に共通することであるが、まずプロトタイプが精緻である。きわめて計算が的確で、論理的な因果関係を満たしている。また、文章の格調が高く、下手にくずすことがない。また正確さが求められる個所の記述は、端的で非常にリズム感があり、読んでいて爽快で、かつわかり易い。そして、何よりも「フェア」である。これは作家の矜持の現れだと思うが、時として意固地なまでフェアである。そのため、雑誌で行われた「犯人当て」においても、わりと正解者がいたというのは、逆にこの小説の価値を高めた事象だと思う。
 また、トリック、ヒントなども見事な手腕を感じる一方で、ふとみせる人間観察や社会観にも切れ味の鋭いものがあり、はっとさせられる。名探偵「星影龍三」は好きなキャラクタだ。といっても小説の登場人物としてだが。安易な同情のようなものも一切なく、事実確認だけを相手に求めて、「だからこうだったのです」と終わる。興味があるのは、他の人がわからない解答を自分があっさり見抜いたという事実を簡単に伝えることだけ。あとはなにもなし。これもまた鮎川流のキレでしょう。

越境者たち(上) 森巣博

レビュー日:2005.7.2
★★★★★ 「ギャンブル論」は「文明論」を経て「人間論」に至る!
 森巣博という作家の作品を、私は「書斎の競馬」という雑誌の連載モノではじめて読んだ。そのとき、この個性的な企画性の高い雑誌にあって、なおことさら異様に輝く魅力的なその作風に翻弄され、「これほどまでに面白い作家がいたのか!」との衝撃を受けた。この前後2冊に文庫化された「越境者たち」はそんな森巣の世界を堪能するのにもってこいだ。
 ぱっとみ、「まあ、ギャンブルに関する本だな・・・」くらいな感想を持たれるかもしれない。しかし、その中身はまさに「人間論」だ。「ギャンブル論」は「文明論」を経て「人間論」に至っている。その論理の展開の鮮やかさ、ストーリーそのものの純然たる面白さ、刃の輝きを放つ真理の見事さ。どれをとっても間違いなく、一級品だ。
 私の場合、読書活動はおもに通勤電車の中で行うが、この作品を読んでいたとき、満員電車で過ごす30分があっという間だった。内容については触れない方がいいかもしれないが、そこに登場する人物たちの生き様は、私を強く魅了し続けた。いかに生きるかとはいかに死ぬかと同義である、と聞いた事があるが、この物語ははさに「生き様」と「死に様」が交錯する。その熱を孕むエネルギーを堪能されたし!

越境者たち(下) 森巣博

レビュー日:2005.7.2
★★★★★ 極上のアイテムへ進化する可能性を秘めた「考え方」へ
 森巣博という作家の作品を、私は「書斎の競馬」という雑誌の連載モノではじめて読んだ。そのとき、この個性的な企画性の高い雑誌にあって、なおことさら異様に輝く魅力的なその作風に翻弄され、「これほどまでに面白い作家がいたのか!」との衝撃を受けた。この前後2冊に文庫化された「越境者たち」はそんな森巣の世界を堪能するのにもってこいだ。
 と、ここまでは「上巻」の解説にも書かせていただいた。ここで森巣の思想についても触れておきたい。彼の膨大な知識は、知を欲する読み手にはたまらない性質のものだ。とにかく面白い。そして、それらのバックボーンから導かれる森巣の思想は「圧倒的に正しい」と感じる。「圧倒的に正しい」というのは、ただ「正しい」というのとも若干違う。なにかまっすぐに見られないくらいのまぶしい正しさなのだ。
 それがまっすぐに見れない自分を見つけ、しかもそれが快感なのだから仕方ない。この小説を通して読み終えた人には、きっと新しい「考え方」を身につけるに違いない。それは生きていく上での、極上のアイテムへ進化する可能性を秘めた「考え方」だと感じる。こんな小説にはめったにお目にかかれるものではないだろう。感服!

蜂起 森巣博

レビュー日:2014.12.3
★★★★★ 犠牲者の存在を前提とした社会構造を鋭く描いた作品
 「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません」
 本書にもこの常套句はテロップされているが、この字句が、これほど空々しい印象をもたらすことも珍しい。そう、確かにこの小説はフィクションである。痛快極まりない。しかし、その舞台設定と、その説明のために引用されている事件は、実際にあったことだ。つまり、森巣が、「現実の日本というシステム」に潜む腐敗を描き、その飽和状態で、プスッと風船に針を刺すようなことが起きたら、どなるだろう?と彼なりのシミュレーションを披露してみせたのが当小説である。
 私が、森巣博(1948-)の名を知ったのは、「書斎の競馬」という月刊誌で、彼の連載小説を読んだのがきっかけだ。異才奇才の書き手を揃えたこの雑誌にあって、森巣の小説はなお圧倒的な存在感を放ち、私は「日本には、これほどまでに面白い作家がいたのか」と驚愕したことを覚えている。この雑誌、残念ながらすぐに廃刊となってしまったのだけれど。
 この「蜂起」という小説は、2005年、「週刊金曜日」に連載されたものだそうだ。「週刊金曜日」は権力の監視を謳い、市民派を標榜する零細な雑誌であるが、読者の中には、森巣の小説の内容に反感を覚え、購読をやめる者もいたという。そう、森巣自身が言う様に、彼のスタイルは、毒気を外に散らすものである。しかし、私は彼の毒気が、彼の小説の本旨に直結するものであることを確信できる。それどころか、毒気を孕んだ本書の面白さはどうだ。私は、この書を、それこそ一気に読み上げてしまった。
 本書は、「日本というシステム」について言及している。このシステムを支えているものとは何だろうか?もちろん、その事について、著者の意見がぎゅっと詰まっているのが本書なのだから、是非とも一読あれ、と言いたいところだけれど、自分なりに思っていることを述べながら、ここでの感想としたい。
 ちょっと前から「勝ち組」「負け組」という言葉をよく聞くようになった。私はこの言葉が嫌いだった。なんともさもしい心情の代名詞の様で、物事を一面の価値のみから判断する用語だと思っている。しかし、森巣の小説は、それらの用語が、単に表面的な心情や価値観を体現しているのではなく、まさにこの国のシステムを象徴する言葉なのだ、と語りかける。
 日本は住みよい国だろうか。住みよいのだろう。お金を払えば相応のサービスを受けられるし、そこそこの治安が維持されている。フツーに生活していれば、それほど不快なものを見たり聞いたりしなくてもいい(気がする)。しかし、それは、言いかえれば、巧妙に「見たくないもの」「聞きたくないもの」が覆い隠される構造が維持され、なおかつ、社会を構成する個人が、知らないうちに、「見ないように、聞かないように」という行動を習慣づけられているためかもしれない。そして、肝心なことは、そのようにして維持される「住みやすさ」は、実は「負け組」と称される人々の自己犠牲によって形成されている、ということだ。これは、彼らが被った社会的損害を「不問に付し」続ける世の中を暗黙の了解事として、システムが確立している、ということである。これは、本来権力を監視し、必要に応じて告発する機関(主にマスコミ)が、能動的な機能を失っているための事象でもでもある。
 「それでも良い」「特に問題ない」という考え方もあるかもしれない(私もそういう気持ちが皆無というわけではない)。しかし、本書を読むと、そのような考え方は、いかにも甘えたものであるということに思い至る。世の中を覆い尽くす圧倒的多数の声や感情に圧され、自分で考える機会を喪失し、「不問に付す」生き方を事実上強制化されている負け組の存在を是としたうえで、社会の構造を定め、そこに身を委ねて「居心地がいい」と勝手に言っている・・だけかもしれない。そして、そのような立場にいる多くの人は、なお、「そんなことに気づきたくない」とも思うだろう。「おかしいものを、おかしいと気付く感性を持たなくてはいけない」という著者の叱責が聞こえてきそうだ。本書を読んでいて感じるものの一つに、著者のそのような現実に対する「無常観」もあるのだが。
 それにしても、あらためて現代のこの国の社会や世論を率直に俯瞰して、人はどう思うだろう。この10数年くらいで、随分と不合理な制約を感じることが増えたと実感する人は多いはずだ。つまり、本書が書かれた以降も、森巣が本書で書いた社会の病巣は、進展中なのである。この傾向は、森巣が指摘する「自己責任論」が焚き付けられたころから始まったことだろうか。それとも、もっと以前から?・・そして、その進展は、何らかの意志が働いたためなのか(本書では、フィクションという形で、その意志の存在が書かれている)、あるいは人の本能に潜む影のなせる業なのか。社会的マイノリティーに対する異形の圧力は増すばかりだ。
 本書を読むとわかる。“声高く叫ばれる正義” ほど胡散臭いものはないと。そのような多数の大声に惑わされて、自分で考えることを放棄することだけは、避けたいと思う。
 なお、本書は、啓蒙書(?)としてのみではなく、エンターテーメントとしても超一級です。興味を持たれた方は、是非一読されたし。

島のねこ 関由香

レビュー日:2005.9.4
★★★★★ もちろん「かわいい」点でも、楽しめます
 第4回新風舎・平間至写真賞優秀賞を受賞した写真集。全ページ白黒。関由香さんは今後の活躍が楽しみなネコ写真家である。最近ではCREAのネコ特集の表紙写真を飾ったりしている。さて・・・
 私はネコが好きである。どことなく、自分の世界を持っていて、哲学しているようでいて、しかもどこか遊び心がある自由さ。。。ネコをみていると、なんともほっとする。
 そんな私がみて、これは「いい写真集」である。とてもいい。
 私が感心するのは、ただ「かわいい」という以上に、「ネコのいる世界」というものが大きく広がって感じられるからである。垣間見られる人の生活感の中に、ネコはまた一つの世界を形成している。
 写真集の終わりの方に、見開きで広大な海の写真が出ている。そこにはネコの姿がない。その写真は、島に生き続けて来たネコたちが、おそらく相当昔から見てきたのと変ることのない、海の姿だ。
 ネコがいると時の流れがゆっくりになる。おそらくこの島では、長い夕暮れを楽しめるに違いない。そんな深い感興を得られる写真集だった。今後の活躍にも期待したい。

島々のねこ 関由香

レビュー日:2007.2.21
★★★★★ 島ねこシリーズ第2弾!今回はカラーで。
 「島のねこ」に続く関由香さんのネコ写真集第2弾。タイトルはずばり「島々のねこ」。
 島が一個増えましたね。このまま続くのでしょうか。内容ですが相変わらずいい写真集です。まず本の紙の感触がいいですね。独特の落ち着きがあります。内容ですが前回白黒だったものが今回はカラーになりました。とはいえ、雑誌等で掲載されている関さんのカラー写真はよくお見受けしているので、カラーが珍しいというわけではありません。しかし、こうしてみると一つの構図の中の配色というものが引き立っていて、これはやはり本物の作品だという実感がわきます。ねこたちは、人工物の中でも自然の中でも、風景の中で不思議なほど調和し、かつなくてはらないような存在感を示しています。ネコ好きであれば、「見たい」と欲するようなしぐさ、表情がたくみに捕らえられ、前後の時の流れや、気配、温度までもが伝わってきます。そして時折織り交ぜられる風景写真は、島でネコが見る風景。時の流れを感じつつも、その人間特有の感興を「ねこ」の姿を通して自分の中に見出すのです。いや、ちょっと難しく書きすぎましたが、もちろん無条件でかわいい写真ばかりです。前作を気に入った方、CREAのネコ特集を買ってしまう方などにはもちろんオススメです。

凶鳥の如き忌むもの (講談社ノベルス) 三津田信三

レビュー日:2006.12.16
★★★★★ 民間伝承の引用も巧みです
 三津田信三は、私が最も新作を望んでいる作家の一人である。彼の作品はミステリとホラーの両要素を併せ持っているが、作品によってその着地点はミステリ寄りだったりホラー寄りだったり様々である。しかし、その作品群はいずれも間違いなく一級のエンターテーメントの性格を持っている。着地点が自由であるがゆえに、読者はこの作品がいったいどこに向かって進んでいくのだろう、というリアルなスリルを体験することになり、それもまたこの作家の作品を読む大きな魅力である。逆に束縛の緩さを感じるかも事があるかもしれないが、概して再読してみると意外といえるほどいわゆる“本格ミステリのルール”を遵守していることに気付くだろう。
 民間伝承の興味深い引用も巧みで、よく設計されている。「蛇棺葬」では葬儀に関わる民俗的な儀礼の引用も見事だったが、本作品では、集落の形成形態と信仰の係わりが巧妙なエッセンスとして効いている。作品中で紹介されている、例えば「共潜き(ともかずき)」のエピソードのように、語り継がれる伝承は妙に暗示的で不気味なものが多い。そのような歴史の中で刻まれた「畏れ」の有り様を用いて、作者は作中の登場人物と読者の心理に鮮やかなトリックを仕掛けてくる。それが読み手の悦楽となる。

禍家 (光文社文庫)  三津田信三

レビュー日:2007.8.27
★★★★★ サービス精神満点のミステリ・ホラー
 三津田信三の作品を読むのはいつも楽しみだし、手に入れるとあっという間に読んでしまう。それにしても2007年の夏は1か月に1冊という驚異のペースで新刊がリリースされ、それらの完成度の高いこともあり、またまた驚嘆の念を深くしてしまった。
 さて、自分がなぜこれほど三津田の作品に魅せられるのか、それはわからないけど、彼の作品は以下のような特徴がある(と思う)。
(1) ミステリとホラーの両方の面白みを味わえること
(2) ミステリとしてのルールを際どい線で守ること
(3) 小説自体がミステリ論やホラー論について語るメタ構造をもっていること
 ちょっと簡単に自分なりに書きすぎたかもしれないけど、大きくはずれてもいないのでは。そして、なおかつその融合の程度が絶妙であり、エンターテーメントでありつづけるというサービス精神を旺盛に持ち合わせているのが素晴らしい。また、彼の作品は往々にして少年を主人公(語り手)とすることが多く、これらの点は竹本健治を彷彿とさせるのだけれど、ここでも「少年の視点」はとても高い効果を出していると思う。加えて、三津田のサービス精神ぶりも作品の強度を高めている。
 本作「禍家(まがや)」は、一種「呪われた家もの」とでも言えるホラータッチの作品であり、そのような読み方で十分に楽しめるけれど、様々な伏線があり、それらが物語に抜群のアクセントを添える。その手法は上質なミステリのものである。また、この人の場合、おそらく多くの人が子ども時代に体験した「怖かったこと」「不思議だったこと」を巧みに保持していて、多くの読者が共有できる感情を作品の中で巧みに切り出してくる。そして、ふっと鋭く読み手に切り込む独特の手腕がある。だからホントにゾッとする。
 「蛇棺葬」と「作者不詳」という大傑作で打ちのめされたあとも、このような高いレベルを維持し続ける作者の引出しの奥行きの深さには恐れ入る。

幽女の如き怨むもの  三津田信三

レビュー日:2013.1.7
★★★★★
 三津田信三の作品にはいつも舌を巻かされる。今回だってそうだ。ほんの一つの鍵、そのとっかかりは何度となく明瞭に提示されているのに、その姿は巧妙に覆い隠されている。だまされることの快感、最初から、眼前にぶらさがっていた答を、あらためて指摘される屈辱に似た快感。それは、読者をまるで子供時代に誘うかのよう。多くのことに興味を示し、多感で、簡単に驚くことができた子供時代に。生来の感性に沿った興奮の喚起。それが三津田作品の神髄だろう。 この作品も良くできている。読んでいて、最初、少し長いように思う前半の様々な記述は、結局は、いずれもが必要なピースとなる。最後になって、何もないと思われたとこところに、それらのピースが組み合わさって、見事なモザイク画が完成する。 ホラーの要素を含ませるため、たっぷりとした味付けや演出は施されているが、その演出が決して過剰で唐突なものではなく、舞台の雰囲気を醸成するのに存分な効果を上げている。屋敷の中にある闇は、目の前にあるなにかを覆う読者の心の壁と通じ、なんとも暗示的。この煙幕の張り方はどうだ? 作者は、物語を巧妙に練り上げる一方で、その舞台となる遊郭について、よく勉強もしている。花魁を取り巻く閉鎖世界について、真摯に精緻に描いており、その成果は、多層的に引き出されている。登場人物たちが、その世界をどのように認識しているか。そこを描けるかが大きなポイントだったに違いないが、作者はこれに成功した。 事象の積み重ねによって現象を解釈していく論理性をスコラ的厳密への歩み寄りだとるすと、幻想の奔放を交えた本書の物語は、ゴシック精神への畏敬とも読み取れよう。これからも、この作家の作品からは、目が離せない。

ご臨終メディア ―質問しないマスコミと一人で考えない日本人 (集英社新書)  森達也

レビュー日:2007.10.16
★★★★★ 「考える人」とは・・・
 デイモン・ラニアンの一説・・・「ほとんどすべての調教師は、馬が物を考えることはありうる、と思っているようだ。ある調教師によれば、物を考える競走馬の割合は1000頭に1頭で、これは物を考える人間の割合とほぼ同じだとのことだ。」・・・
 この本を読んでみて、すぐに思い出したのがこのフレーズだ。私はこのフレーズを読んだ瞬間、ニヤッと笑い「いや、自分は<1000人に1人>のほうだ」、などと勝手に思っていい気になっていたものだ。反省しよう。私は<1000人に999人>のグループでした。はい。すいません。
 実際、この本を読むと、「考える」というのがどういうことなのか、とてもよくわかる。普段、漠然と分かったような気になっていること、知ったような気になっていることが、実はとんでもないフィルターを通された情報から形成されたものでしかなく、そこに居心地のいい自分を置き、勝手に安住していただけなのだとわかる。それは罪なことだとまでは思わない、という考えもあるけれど、この本を読むと大衆の中に浸かって何も気付かないことは、やはり問題だと思う。社会的な事について、何かを発言したり、自分の心情を吐露したりするときに、はたしてそのバックボーンにある知のフィールドがいかに脆弱なものであるのか、その認知が現在では欠落していることが多いし、言われてみると、最近そういう欠落が、まるで多くの人の前提共通認識のようになってきてしまっているようだ。これはまずい。私もこの本を読んで、とてもいい機会をもらったと思うので、自分の中で結論を出してしまった多くのことについて、もっともっと考えてみようと思った。どれくらいできるのかわからないけれど、そういう人が増えることがとても大事だ。
 みなさんもこの本を読んで<1000人に1人>に近づきましょう!


カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫) ドストエフスキー 原卓也 訳

レビュー日:2007.7.14
★★★★★ 「「神」と「悪魔」の狭間に・・・
 言うまでもないけれど「カラマゾフの兄弟」は世界史上に残る小説の傑作である。ドストエフスキーの最後の作品であり、(当初構想された第2部がないとはいえ)その世界観と思想は、一つの極地に達したものである。すべてにおいて完成された完璧な作品である。
 実際に、この有名な小説を読んでみての感想であるが、第一に「面白い!」、そして、次に「恐ろしい!」という気持ちが強い。前者については問題ない。人によっては「純文学」というジャンルを勝手に「面白くない」と思ってしまう人もいるし、実際、私も「面白くない」と感じる純文学作品に随分打ちのめされているから、そういった人の気持ちもよくわかるけど、この作品は文句なく「面白い」。その面白さは、ストーリーの行く先が気になって仕方がないという性質のもので、それは、あらゆる時代やジャンルを超えて、小説の本質的な面白さであるに違いない。
 この「面白さ」についてであるが、物語の中心に「殺人事件」があり、謎がある。それに関連して一流のミステリも真っ青の様々な考察や過程が描かれている。続きが気になって仕方ない。いったいどんな結末が待ち受けるのか?そしてその底辺に流れる様々な行動原理は読み手の探求欲を常に刺激し続ける。彼らを待ち受ける運命の足音がつねに頭のあちこちで響く。大きくなったり、小さくなったり、あるいは、突如現れたりする。その演出の見事さにはひたすら感服するしかない。面白い!読まねばならない!続きを読まねばならない!
 そしてこの小説の「恐ろしさ」についてである。「哲学」というものは、自分の内面から湧き出てくる感情(愛情とか憎悪などのあらゆる感情)の源泉について、重ねて自らの内面に「質問する」ことによって織り成されると思う。けれど、質問というのは恐ろしいものだ。予期せぬものが起き上がってくる。この小説では、多くの登場人物が、自律的か否かによらず、この「質問」を自らに突きつけねばならなくなる。恐ろしいものが徐々に起き上がり、それを認識してゆく過程が描かれる。
 登場人物たちは、この「質問」と「考察」を自らのモノローグだけでなく、他者との会話を行うことでも深く掘り下げていくが、その際、しばしば「鳥肌のたつ」ように恐ろしい瞬間が読み手を襲う。ものすごく深い絶対触れてはいけない核心のようなものが、ふと垣間見える。・・そして「狂」の存在。この小説では、「狂」とその認識についても語られていると思うが、「狂」とは、自分の中の「一種類の根源的な感情」のみによって行動論理が縛られる状態にあることを指すのではないだろうか。つまり誰でも瞬間には狂たりえるのだ。
 「狂」は何も無知によって引き起こされるとは限らない。場合によっては、深く自己の内面について思索し、探求した結果、その領域に至ることもある。そこで善なるものが聴こえるはずだというのはカント的だろうか。しかし、それは外面的には「狂」となるかもしれない。この小説は、そんな恐怖を実地検分する怖さがある。登場人物たちが自己を探求するとき(そのようなシーンはしばしばあるが)自分でも、それまで考えてもみなかったような、根源的な「嫌なもの」が、しっかりと自分の内奥に存在している確かな予感を感じ、そこで、途方にくれて立ち止まるのである。その瞬間の「怖さ」は比類ない。
 自己を探求する過程で「狂に至る恐怖」を回避する方法として、「内なる声」を「神の存在」で説明する方法がある。もういよいよ自分の内奥から湧き上がってくるものについて、理由が見出せなくなったとき、それが神のもたらしたものだと考えて、回避することができるというわけだ。その作用点の意識を「神」と定義するのだ。「神」は現代に至るまで様々な定義で説明されてきたが、この小説で描かれる“神のあり方”ほど強い説得力を持つものはない。さらにこの考えを押し進めれば「狂を回避する方法」を知っているものは、悩んでいる他人を誘導して回避させることもできることに思い当たる。それを社会システム化したもの、それが宗教だ。ところが、思考実験を続けると、「神」と「悪魔」は容易に置換が可能な存在となる。両者の定義は限りなく近づいていく。一方で「神」であっても他方で「悪魔」であることは、普通にありえる。
 小説全体を通じて「神の世界」や「神の意図」に関する考察の鋭さは頭抜けていると思う。とくに次兄イワン(私の好きなキャラクタだが)の論理と考察は、ともすると危険ともいえるリアルな無神論であり、読み手に凶暴な説得力をもって働きかけるだろう。~「神」は認めても、いま目の前にある「神の世界」を認めることができない、ゆえにそこに(神でも悪魔でもないもう一つの)別の価値軸を定義したい~。これは思考方法としては空想的社会主義に接近している。だがイワンの智はそれをも超えているように思う。もとより彼は世界に期待していない。終結部近くで、彼が、彼の内面が作り出した悪魔と、命の火を燃やして対話(対決)するシーンは凄まじい!
 とにかくこの小説で描かれる思索を、そう簡単にまとめるのは無理である。とにかく読んで下さい。凄いです!

獣たちの夜―BLOOD THE LAST VAMPIRE 押井守

レビュー日:2008.3.15
★★★★★ 「人に絶望する」ことの本質にせまる哲学書!凄い!
 時として、思いもかけないところで、びっくりするような貴重な価値に遭遇することがある。私の場合、本を読んだり、CDを聴いたりする趣味を持っているので、そのようなジャンルで多くの衝撃を経験したつもりである。しかしこの本に対して最初に持っていたイメージと読後の深い思索的な感銘の破格の違いは、そういった方法でも表現しきれないレベルであった。・・・これはもちろんこの「作品」を絶賛しているのである。
 まず、注意事項だ。
1) 映像化された「Blood」もしくは「Blood+」とはまったく別の話である。
2) 「ホラー文庫」名義の出版となっているがこの小説は「ホラー」とは言い難い。
 1)については、共通の「素材」を用いたに過ぎず、世界観そのものからして根底から異なる。2)については、この小説は多用な要素を含んでいるし、ホラーの要素がないわけではないが、何かを代表させるとするなら「哲学書」あるいは「啓蒙書」に区分されるのではないか。私は映画監督としての押井の作品に接したとき、常に監督としての強烈な「刻印」が捺されるその「芸術性の高さ」に圧倒されるけれど、その背景にある思想軸の一つがこの小説では明らかになる。・・・なぜ押井の映画作品では「動物」が象徴的に登場するのか?「人間を描く」際につきまとう退廃的な情緒は何から起因するのか?そしてなぜ押井の作品には、なぜ「彼方の思索」とでも呼べる「怖さ」が常につきまとうのか・・・。「人に絶望する」あるいは「世の中に絶望する」という言葉は時折使われるが、その「絶望」の本質は、どのような思考実験と、人類の経験を積み重ねることで見えてくるのか?その解答はこの小説を読み通すことで、少し垣間見えるはずだ。もちろん全貌を明かすことなど到底無理なテーマである。しかしここまで“真理に迫った”と読み手に手ごたえを与え、なおこの小説がペダンチスム満載な「エンターテーメント作品」としても抜群の切れ味があるという奇跡。読後の深い感銘を得た。そして淀みのない文体の美しさが圧倒的であったことも最後に書き含めさせていただきたい。

Physician's Guide to the Laboratory Diagnosis of Metabolic Diseases  Nenad Blau著

レビュー日:2011.6.27
★★★★★ 生化学者のための代謝異常化学診断のための手引き
 邦題を付けるとしたら「生化学者のための代謝異常化学診断のための手引き」といったところだろう。初版は1993年のものだったが、大きく改訂を加えたこの第2版は2002年に刊行されたもの。もちろん、今となっては部分的に古いところもあるが、なお十分に有用な書である。
 この書の目的は代謝異常疾患の迅速な診断を容易なものとするためのデータを、臨床医及び臨床生化学者に提供することにある。そのため、検査手法に関するものは掲載せず、臨床症状と検査データの結びつけのみを主眼にしている。そのため臨床生化学者にとっては「検査の方法」ではなく「検査データをどう見るか」の参考書となる。そして、検査、症状と兆候、疾患の3種のインデックスが使用できるように編集されている。
 参照データとしている病理学的数値は、検体の種類(血液、尿、CSFなど)、年齢などのファクターを踏まえてパラメーター化してある。例えば、ある疾患について各症状が羅列してあり、その症状が新生児期、乳幼児期、幼年期、思春期、成人期のそれぞれで、どの程度強く出るかが+マークの数で記載されてある。また検査データについては同様に↑マークの数で表現している。ただし、酵素活性については、データ自体がほとんど掲載されていない。
 本文は700ページを越える量があり、大きく以下の3章からなる。(1) Approach to Diagnosis (2) Disorders (3) Indices。(1)はさらに<血液、尿によるシンプルテスト>、<アミノ酸分析>、<有機酸分析>、<その他の分析>、<化学診断におけるタンデムマス>、<体液を用いたNMR>の6つの部分からなり、(2)は35の疾患(群)に関する検査値と臨床所見に関する記述、(3)は索引となる。
 そして、本書の最大の特徴は付属CD-ROMに全ページがPDFファイルで収録されていることになる。これをPCにインストールすることで、エクスプローラ状のBookmarksの付いたPDFが簡単に展開でき、必要なキーワードによる検索などが容易に可能である。たいへん利便性が高く、「迅速な参照」に応えるサービスである。
 また、データが多角的なことも有用性が高い。例えば、様々な検査値について、食べ物、薬剤などによる偽陽性を示す要因なども網羅的に示されており、誤診の可能性で留意すべき事項、確認の必要な検査も的確に示されている。参考文献ももちろん記載されている。できればOMIMのリンク参照などあればより良かったのであるが、それは仕方ないとして、これだけ体系的にユーザーのニーズに合致した書はそうはない。日本語版はないようだが、比較的簡単な英語で、かつ項目的な記載を基本にしており、読むのが難しいということはあまりないと思う。2011年現在でも、なおきわめて有用性の高い専門参考書であると言える。

有機酸代謝異常ガイドブック―GC/MSデータの読みかた・活かしかた  山口 清次著

レビュー日:2011.6.24
★★★★★ 有機酸代謝異常症の化学診断のためにきわめて有用な参考書
 代謝異常疾患は非常に数多くある一方で、一つ一つの疾患は、症例が少ないため鑑別は難しい場合が多い。しかし、近年ではタンデムマスによる血中アシルカルニチン・プロファイルテストが可能になったことから、この検査法を新生児マス・スクリーニング(先天代謝異常等検査)に導入することで、世界的に大きな成果を挙げている。日本では2011年3月に厚生労働省から、タンデムマスによる新生児マス・スクリーニングへの積極的検討を要請する通知が出た。画期的な通知であるが、2011年4月現在の実施率は人口比でまだ2割程度となっている。
 さて、この検査法の普及とともに、併用する「化学診断ツール」も重要性を増すことになるが、その最たるものがGC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析)による尿中有機酸分析である。そして、そのデータの判断に際し、非常に有用な参考書として本書を挙げたい。
 本書では、代表的な有機酸代謝異常症36疾患について尿中有機酸分析の代表的なプロファイルを紹介している。GC/MSによる検査では前処理で誘導体化が行われる。おもな誘導体化として、TMS化、オキシム化、TBDMS化、メチル化があるが、本書ではTMS化を中心に記述がなされている。末尾の付録には尿中有機酸分析で検出される134種類の有機酸のマススペクトルが掲載されており、実践的には、ライブラリ検索から物質の同定に至る過程でたいへん有益な参考となる。
 36の代表的有機酸代謝異常症については、疾患ごとに、「概念」「臨床所見」「治療と予後」「化学診断のポイント」が記載されており、さらに「タンデムマス所見」という欄があるのが良い。タンデムマスの血中アシルカルニチンのプロファイルとGC/MSによる尿中有機酸のプロファイルの照らし合わせは、これらの疾患の絞込みには、最強と言ってもいいツールだ。例えば、飢餓症例はタンデムマスでグルタル酸尿症2型に似たプロファイルを示すが、GC/MSではジカルボン酸群を検出しないことで、疾患を除外できる。また、タンデムマスでプロピオニルカルニチンが高値であった場合、GC/MSでメチルマロン酸が高値検出されればメチロマロン酸血症が有力、メチルマロン酸が正常でメチルクエン酸が高値であればプロピオン酸血症が疑われる。本書の冒頭には有機酸ごとに高値検出された場合の疑われる疾患のリストがあるが、別に「検出されることとで、特定の代謝異常症を除外できる」有機酸もある。例えば、3-ヒドロキシプロピオン酸が検出された場合、メチルクロトニルグリシン尿症の可能性は無くなる。
 本書は、これらのデータを表的、網羅的にまとめる一方で、関連する代謝経路の引用による補足がなされていて、非常にわかりやすく体系的かつ簡潔にまとめられている。きわめて有用な書だ。
 タンデムマスによる新生児マス・スクリーニングが広く展開されるこれからにあっては、本書を参考に化学診断、除外診断の補助が可能となる検査施設が増えることが大切だろう。

症例から学ぶ先天代謝異常症―日常診療からのアプローチ 日本先天代謝異常学会著

レビュー日:2011.2.1
★★★★★ 実例を踏まえて、稀少な疾患への対処実績をまとめた貴重な資料集
 先天性代謝異常症においては、(1)きわめて多様な疾患が存在すること、(2)一つ一つの疾患は頻度が少なく、症例報告が限られること、の二つが診断、治療開始へのネックとなる場合が多い。何か急性の症状があって、病院に搬入された場合であっても、これらの分野に明るい医師でなければ、代謝異常症を疑うに至るのにはかなりの時間を要してしまう。言うまでもなく、早期診断に基づく治療開始が予後の良化への最善の策であるにもかかわらず、である。
 本書は、最終的に「先天性代謝異常症」であることがわかった50の実際の症例について、診断、治療に携わった医師らがその経験をまとめたもので、きわめて貴重な情報が集積している。
 まず症例ごとに、「○○を呈した××例」といった感じで、主訴をタイトルとした項目わけがされており、それぞれ「初診から精査開始までの経過」が示されている。代表的なデータとしては、出生時情報、発症時年齢、身長、体重、頭囲、心拍、血液、呼吸、血液ガス検査(pH、pCO2、BE、アニオンギャップなど)、抹消血検査(WBC、Hbなど)、一般血清生化学検査、血糖値などであるが、症例によってその内容は多少異なっている。次いで確定診断までの経過が記載されており、その後「診断名」が大きく枠内に表示され、さらに試みた治療と治療経過、さらに治療にあたった医師の経験を通してのコメントが記載されている。また、加えて疾患群ごとに生化学的、病態生理学的、臨床的特徴がまとめられ、専門的見地からの解説も付随している。見出しがはっきりしていて、どの部分に何が書いてあるのかが容易にわかる点も含めて、非常に有用な参考書となる。
 以上が本書の推薦理由であるが、さらに感想を加えたい。50の症例のうち7例は現行の6疾患を対象とした「新生児マススクリーニング(先天代謝異常検査)」により新生児期に見出すことで有効な治療をすることが可能なものである。しかし、さらにこれに加えて13例が欧米を中心とした諸外国で導入されている高性能分析器「タンデムマス」によって、「新生児マススクリーニング」による発見が可能となる疾患例であることは見逃せない。これらの疾患の多くは、発症前の早期治療開始が、対象の予後改善に直結するものである。現行の日本の「新生児マススクリーニング」はすでに3,000人に1人の割合で患児を発見し、治療と合わせて障害の発症を回避することに成功しているが、この検査の効果を一層高める分析ツール(タンデムマス)が開発されているにも関わらず、2011年現在、日本での新生児マススクリーニングへの普及率は目を覆いたくなる状況である。すでにアメリカや西欧だけでなく、北欧諸国、ハンガリー、チェコ、イスラエル、UAE、台湾、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、コスタリカ、ウルグアイといった国々が、出生するすべての新生児を対象に「タンデムマス」による新生児マススクリーニングを実施している現在、技術立国を標榜する日本の状況は、必ずしもその名に相応しいものとは言えない。

小児代謝疾患マニュアル 松原 洋一著

レビュー日:2011.2.1
★★★★★ 適切な検査から正しい診断へと導く良質なガイダンス本
 先天性の代謝異常症は、きわめて多くの疾患がある一方で、一つ一つの疾患頻度がきわめて稀である。頻度が2万人に1人ならかなり多い方で、ほとんどは数十万人に1人程度のものである。このような疾患の場合、優れた小児科医であっても、実際に症例を診るのが生涯にあっても一度きりということがざらである。そのため、一般的には、初発時の臨床所見と診察のみにより、疾患名を絞り込むのは、優れた医師であっても大変困難である。
 先天性の代謝異常疾患に対処する最も優れた方法は「新生児マススクリーニング(先天代謝異常検査)」である。これは生後まもない新生児から採取された血液を用いて、代謝産物やホルモンを測定する検査で、日本でも1977年から6つの疾患を対象に検査が実施されている。これによって、およそ3,000人に1人の割合で患児が見出され、早期治療により障害の発生を回避することに成功しており、地味ながらきわめて重要な母子保健事業となっている。しかし、欧米を中心とした諸外国では高性能分析器「タンデムマス」の導入により、対象疾患を20~50にまで拡充している国もあり、これらの国と比較した場合、いまだ対象疾患数が6である日本の状況は、先進国のそれとは言い切れない状況でもある。
 かようなわけで、日本においてはまだ多くの代謝異常疾患が「発症後の所見」により何とか診断に結びつけるという医療現場に頼り切った診断環境になっていることは否定できない。しかし、前述のように一つ一つの疾患頻度は稀であり、アシドーシス、高乳酸、高アンモニアなどがあっても、感染症や肝機能障害など他の疾患との鑑別は難しい。
 本書の優れた点は、おおよそ可能性のある疾患群に関して、コンパクトかつ網羅的に、症状と、補助診断のための有用な検査項目、検査所見が示されている点にある。特に、有機酸血症、脂肪酸β酸化系の代謝障害については、「タンデムマス」により可能となったアシルカルニチンのプロファイル試験が有力な一次指標になる場合が多い。また合わせてオロト酸を含む尿中有機酸検査を実施できれば、高アンモニアを誘発する尿素サイクル異常症や、一連のケトーシス疾患も化学診断まで持っていくことができる。国内でこれらの検査を実施し、かつある程度の「判断」のできる検査機関は多くはないが、検査さえ実施できれば、本書を参考にし、強く疑われる疾患、除外可能な疾患のリストアップが可能であるだけでなく、結果によっては疑われる疾患を、一つか二つにまで絞り込むことが出来る。
 稀な代謝異常症においては、臨床所見だけで診断するとはきわめて困難である。しかし、適切な検査を実施し、その結果を読むことができさえすれば、意外と短時間で診断に結びつけることができる。正しい診断が正しい治療への最短最善ルートであることは間違いない。本書は必要最低限な情報のみを最新の科学データを背景にまとめた良書である。

見逃せない先天代謝異常 (小児科臨床ピクシス)  五十嵐 隆著

レビュー日:2011.11.8
★★★★★ 効率的に分類・記述された、良質な2011年現在の参考書
 最近、代謝異常疾患に関する良質で見易い参考書が増えてきているが、本書もその一つといえる。まず「見逃せない先天代謝異常」というタイトルが良い。先天代謝異常症にはきわめて多くの疾患があるが、一つ一つの頻度は稀である。しかし、小児の先天代謝異常症を疑う臨床的兆候として挙げられる、not doing well(何となく元気が無くて機嫌が悪い)、哺乳不良、嘔吐、下痢、意識障害(程度は様々)、けいれん、筋緊張低下、肝障害、肝腫大などはいずれも他の「もっとありふれた疾患」でも起こりうるものだ。肝障害はウイルス性の肝炎かもしれないし、哺乳不良などは胃腸炎かもしれない。当然、治療はこれらを念頭において進められる。細菌感染症ならすみやかに抗生剤を投与しなければならない。
 代謝異常症が他の疾患と異なる大きな点は、症状が繰り返されることである。点滴をしたら元気になり、CRP等の基本検査値も正常とわかると、そこでとりあえず様子見になることが多い。しかし、そこに紛れ込んでくるのが代謝異常疾患である。もしかしたら、いちはやく診断と治療開始の必要な基礎疾患があり、無治療でいると、もっと大きな発作が後に控えているかもしれないわけだ。これを鑑別するためには血液ガス分析によるアシドーシス(血中のpH)などの検査値がまずは有力な指標だろう。
 しかし、もちろん代謝異常症の様態は一様ではなく、症状の出現の仕方も様々である。本書は、「臨床所見」から疑われる代謝異常症をリストアップし、疑われる疾患と、その補助診断のために必要な検査項目が簡潔にまとめられている。
 例えば「フロッピーインファント(ぐったりした児の様態)」の場合、正常な筋緊張の評価方法が記載されており、その評価を経て疑われる疾患が「筋力低下あるいは麻痺」の(+)と(-)にわけてニ分類されている。さらに細かい鑑別検査として「血液検査」「尿検査」「眼科的検査」「X線」「染色体分析」「白血球ライソゾーム酵素」「画像検査」「生理学的検査」「筋生検」が挙げられ、その「検査項目」と「目的とする疾患」がすべて表にまとめられている。また、稀少な疾患名や略語、補足が必要な事項については欄外に脚注がある。カラー印刷で図表がわかりやすく整理されているのも良い。
 また、治療のガイドもあり、投与物、投与量、投与方法などがまとめられている。これらは実際に関連する疾患の治療にあたっている各分野の「権威」と言える医師が執筆しており、経験を踏まえた貴重な対応法が記載されている。更に13種の「特に見逃され易い疾患」について疾患毎に病態や所見、診断法、治療法がコンパクトに書かれており、一度目を通しておくだけでも、有意義な情報となるだろう。
 巻末には検査の依頼先の一覧がある。これも重要だ。稀少な疾患の診断法は、営利目的の企業ラボでは受けていない場合がほとんどで、非営利のNPO団体や、大学、公立の研究所に依頼することが多い。化学診断、酵素診断別に検査内容、担当者まで明記された本書の価値は非常に高いだろう。

札幌市の昭和―写真アルバム

レビュー日:2012.12.30
★★★★★ スピーディーに変化していった一瞬を積み重ねた写真集
 札幌市が市制を施行したのは1922年(大正11年)のことで、その90周年を記念して「札幌市の昭和」と題する写真集が発売された。個人所蔵の写真などから600点を収録したもので、解説も施された丁寧な内容となっている。
 この写真集が出版された2012年には、堀淳一氏による札幌の歴史地図を集積した「地図の中の札幌: 街の歴史を読み解く」も出版されており、私は、本写真集と併せて、タイムトラベル気分を堪能させていただいた。
 札幌市の人口は、2012年現在ではおよそ192万人となっている。しかし、1920年(大正9年)に行なわれた第1回国勢調査において、札幌の人口はわずか10万人強であった。1926年(昭和元年)で15万人。これが1988年(昭和63年)には162万人にまで増加する。札幌市にとって、昭和期は拡大の時代であった。しかも、途中には第二次世界大戦(1939-1945)や札幌オリンピック(1972)があるわけで、激動の時代でもあった。そのようなわけだから、札幌市の風景というのは、多くのものが次々と短い時間で、次から次へと変わっていったことになる。一時は市内をくまなく走った市電は、そのほとんどが姿を消し、周辺の森林は開拓され、農地は宅地へ、そして商業地へと変わっていった。私も幼少時代をこの街で過ごしたのだが、1年1年、家のまわりの風景が変わっていくのが強く印象に残っている。
 私が住んでいた家からは、沿線を走る国鉄札沼線が見えた。貨物列車を引く蒸気機関車の姿は微かに脳裏に残っている。それはたちまち建物の影で見えなくなった。宅地化された札沼線は、「学園都市線」と呼称を変え、多くの駅が生まれ、高架化、複線化、電化がなされた。
 そのようなわけだから、札幌の昭和には失われた景色というものが無数に存在する。そのどこか脳裏にある光景がこれほどまとまった写真集を見ると、その情報量に圧倒されてしまうほどだ。
 写真はテーマ別に収められているため、時代順にはなっていない。しかし、その「時を行きつ戻りつ」の光景を見ていると、この町の激変ぶりに、あらためて深い情緒を覚える。町並み、教育施設、建築物、公共交通、などなど。以下、特に印象に残った写真を示そう。
 37ページには1956年の街の風景。雪景色の中、建築物の煙突からは、暖房の石炭燃焼による黒い煤煙が上がっている。大気汚染が深刻だった当時を物語る。54、55ページには1955年、琴似、山の手地区から周囲の山並みをみた景色が映っている。現代を予測すべくもない農村風景であり、「街並みがないと、こういう景色なのか」の感を新たにする。86ページ、1961年の北19条付近の創成川の景色。いまは国道の間でコンクリートに塗り固められた川だが、当時はまるで水彩画のような風景であった。159ページ、1965年頃、舗装された国道を並走する定山渓鉄道の姿。自動車社会への移り変わりを象徴する一枚だ。
 他にも挙げだすとキリがないわけだが、この街の風景に強いインパクトを与えているのややはり雪であるとも思う。雪の降った景色というのは、あたりの雰囲気を一変する。ただでさえ大きく変化していく周囲の光景に加えて、毎年「まったく違う2種類の景色」があるのだから、そのヴァラエティーは幅がある。あちこちに残雪のある春の風景も印象深い。未舗装が普通だった時代の雪解けの季節なんかはドロドロだ。しかし、それが今となっては貴重な時代の刻印に思える。非常に濃厚な内容のある写真集となっており、特に過ぎ去りし日々の札幌といまの札幌の双方を知っている人にとっては、強いインパクトのある一冊だろう。

室蘭: 山口一彦作品集

レビュー日:2012.11.27
★★★★★ 工場、港、橋、船、鉄道、坂、旧市街、昭和時代、岬、崖、絶壁、浜、海、夜景・・
 東京在住ながら、北海道の室蘭市に惚れ込んだ写真家、山口一彦氏の写真集、その名も「室蘭」。4ページから96ページまでが美しいカラー写真、その後簡単な「室蘭市の紹介」と「撮影ノート」と題した日記風の文章が13ページにまとめられている。
 室蘭市は太平洋に面した北海道の町である。古くから製鉄業を中心に繁栄したが、近年では人口は減少しており、かつて17万人近くあった人口が現在では10万人を割り込んでいる。しかし、室蘭市というのは、訪問してみると分かるのだが、とても面白い町だ。この町は、函館市や小樽市などと違い、観光の対象となるイメージは全国的にはあまりないのかもしれない。しかし、その立地条件がきわめて特殊で、そのことがそのまま町の魅力となっている。山口氏は以前出演されたTV番組でこのような内容のことを語っておられた。「室蘭市には、大きな港があり、巨大な鉄鋼工場があり、それに接する住宅地、さらに断崖絶壁を含む自然の凄まじい造形が、ごく狭い地域に密集してある。こんな町は日本中探しても、ここだけだ」。
 地図を見ていただきたい。北海道の太平洋側に円状の湾がある。これを「噴火湾」と名付けたのは1796年に当地を訪れた英国の調査隊のブロートン(William Robert Broughton 1762-1821)だ。北を有珠山、南を駒ヶ岳、恵山、さらに遠景東方に樽前山という優美な姿をした活火山に囲まれた絶景は、当時、世界中を巡っていた彼らをして「これほど美しい景色は見たことがない」と言わせしめたという。この噴火湾の入り口に突き出した絵鞆(えとも)半島を中心に室蘭市街がある。半島の先端は鉤爪状に曲がっており、現在では、その先端内側から陸地にむけて、白鳥大橋という美しい巨大なつり橋か架かっている。一方で、半島外側の海岸は断崖絶壁の急峻な地形。そのため、傾斜地に形成された市街地裏手の山を登っていくと、突然、空中に放り出されたかのような景色に見舞われる。人呼んでチキウ岬。その意味は、地球が丸いことを確認できるくらいの展望が広がっているところ、ということだ。岬の北東にはイタンキ浜という美しい海岸が広がる。また、札幌と函館を結ぶ幹線室蘭本線が、岬の付け根をかすめ、噴火湾に接するように敷かれている。そして、その岬に囲まれた内部が北海道最大の港であり、夜なお操業の続く工場群が、夜景を彩っている。
 この室蘭の風景の「写真映えする」演出は、これらのアイテムが驚くほど密集して「一緒に」存在していることにより効果を倍加する。室蘭市は人口が減少しているとはいえ、人口密度はまだ1,000人/平方kmを超えている。人口密度が1,000人/平方kmを超えているのは、北海道では札幌市と室蘭市だけであり、平地の少ない立地条件は、さらに密集の度合いを高める。
 そんな室蘭市の魅力を写真というメデイアを通じて、見事に伝えているのが本写真集。工場、港、橋、船、鉄道、坂、旧市街、昭和時代、岬、崖、絶壁、浜、海、夜景・・これらのキーワードを実に巧みに組み合わせた(それが可能なのが室蘭ということになる)この地特有の景色が見事なタイミングで捉えられている。
 夜の工場の幻想的な美しさ、薄く雪化粧した断崖と、その上にこぢんまりと並ぶ住宅、早朝の坂の上から見下ろす住宅と工業地帯・・・自然と人工が奇跡的に作り出した得難い風景の数々。写真が美しいのは当然であるが、その「切り取られた構図」に室蘭特有の地勢や歴史、産業と自然の共存性が見事に捉えられている。「室蘭」の土地柄が表現され尽くしたような出来栄えに感服する。旅情と郷愁が切ないほど薫る一冊である。

東区今昔「大友堀」(1982) 札幌村研究会

レビュー日:2012.10.10
★★★★★ 大都市となった札幌の東区に潜むミステリにスポットを!
 私が札幌市の東区に住むようになって、2年以上が経過している。住み始めてすぐに気が付いた不思議な点がある。札幌の道路、というと一般には計画的に道路の敷設された碁盤の目と呼ばれる道路構造を想起する人が多いと思う。実際、東区もそのような道路構造に依っているのだが、その街並みの中に、突然、規格が外れたような細い、周りの道路構造とはまったく無関係といったランダムな方向を向いた小路が混ざり込んでくるのである。(例えば、ネット上のマップサイトで「北海道札幌市東区北15条東6丁目」を確認し、その点在する不思議な斜め小路の存在を確認してほしい)
 札幌は北海道の中でも雪の多いところである。膨大な道路長に渡って除雪作業を行う必要があるのだけれど、実は公が除雪してくれるのは幅員4mを超える規格の道路のみである。他の道路は、近隣の人たちやその委託先によって別に除雪作業が行われる。先に述べた道路は、そのような除雪車も入らないような小路である。この「小路探し」が私の新しい趣味になった。
 私は、このような不思議な小路がなぜ点在しているのかという謎が気になり、明治編、大正編、昭和編の3冊からなる「札幌歴史地図」を購入したところ、これらの小路が、札幌開拓のため、伏籠川の自然堤防に沿って建設された元村街道(現道道273号線;これまた現在の地図で見ると、他の街路とまったく無関係に走るきわめて不思議な道なのだが・・)を中心に派生した枝道であることが分かった。つまり、東区は、古い街の上に、半ば強引に新しい街を建設したわけだが、あちこちに古い道、古い敷地境界が断片的に残ってしまい、時代を超えた2種類の街が同時にあるような状態になっているわけである。
 さて、もう一つミステリアスな存在が「大友堀」である。大友堀は、旧伏籠川と現創成川を繋いだ運河であったが、現在その痕跡をとどめない。地下鉄東豊線の環状通東駅から、旧元村街道に入っていくと、小さな「大友公園」という公園がある。ここが旧伏籠川と大友堀の合流点であった。ここから現東区役所横を通り、創成川まで運河があったことになる。
 本書では、その運河を中心に札幌の歴史を大きく俯瞰している。確認された史実を客観的に記載するだけでなく、1982年当時、現地に長く住んでいた方への聞き取りなども踏まえ、いつのまにか完璧にその姿を消してしまった運河の存在を明らかにしている。
 その際の歴史上の最重要人物が当然のことながら大友亀太郎(1834-1897)ということになる。大友は二宮尊徳(1787-1856)を師とし、農政、土木を学び、当初函館付近の開拓を指導し、その後、札幌の開拓の一翼を担った。本書では、大友の育ちを紹介した上で、その高潔な人柄や高い土木の知識を様々に指摘している。
 しかし、この大友堀の目的ですら現在では明確に伝わっていない。豊富に水のある土地柄であったため、農業・生活用水というよりは、むしろ水運の可能性が高いが、それを担う規模であったのか、さらに実際に発掘が行われた際に計測された堀の幅、深さといったサイズが、伝えられる歴史資料にあるサイズよりはるかに大規模であったことも謎として残っているところである。
 本書で最も興味深いのは、巻末に閉じ込められた見開き型の地図で、これは、1896年(明治29年)の大友堀全域を、1982年当時の街路図上に書き込んだものである。本書中に収められたいくつかの貴重な写真(当時は1枚の写真を写すのも、たいへんな作業であった!)とともに、今ではその面影さえ想像できない異世界がそこにあったということを彷彿とさせるものだ。そして、その異世界から繋がっていた小路たちが、いまなお、新しい街並みや街路とほぼ無関係に、断片的に残っている。
 札幌という町は、わずか200年程度の時間で、無人の鬱蒼たる原始林だったところが、190万人の都市に急成長した世界でも稀な人口移動により形成された町である。そのスピード感の中で、なかば圧殺されるように消滅していったものが数多くあるだろう。しかし、消しきれないものが残ることに、私は得も言われぬ情緒を感じる。残念ながら、これらの痕跡は消えゆく状況にある。できれば、残った小路の歴史的価値を尊び、碑文などとともに残して頂ければと思う。過酷な開拓にあたった記録を、小さな形でも現在の中に残しておくことは、悪いことではないだろう。

ねこ歩き 岩合光昭著

レビュー日:2013.10.21
★★★★★ 「ネコ愛」があります。
 岩合光昭(いわごうみつあき1950-)さんによるネコ写真集。全編カラーで128ページ。3部に分かれていて、まずは世界各国(ギリシア、モロッコ、トルコ、イタリア、アメリカ、キューバ)の写真、次に日本国内の写真を4つの季節にわけて掲載、最後に岩合さんが実際に飼われているネコさんたちの写真が載っている。
 すばらしい。
 私の住んでいる札幌でも、しばしば岩合さんの写真展が開催され、そのたびに私は妻と一緒に出掛けている。そして、いつも(もちろん、いい意味で)やられて帰ってくる。氏の写真は本当に素晴らしい。
 何がいいのかと言うと、一言でいうと、そこには「ネコ愛」があるのです。ん?一言でいった割には聞きなれない言葉でしたでしょうか?それでは「ネコ愛」とはなんでしょうか。
 私は、小さいころから多くのネコたちと一緒に生活してきました。そして、そんな生活を通じて、随分多くの事をネコたちに教わった気がしますし、いろいろ助けられたな、という実感があります。それは、岩合さんが指摘しているように、「癒し」なんていう簡単なものではありません。もっと、何というか、生きている中で何を大切にするべきか、というようなこと。
 もちろん、ネコはそんなことを考えていません。「教えてやる」とか、「悟れ」とか、「助けてやる」とか、まして「命令に従おう」とか「集団に従順に」などという意志は介在しません。むしろ、そのような介入や解釈は、一切不必要な存在として、そこに居ます。彼らには、何も不必要なものは備わっていないのです。
 どのような家でも、ネコを飼えば、ネコはそこに居るようになります。「飼う」といっても、食事を与え、トイレを用意して、たまに「なで」て、具合の良くない時には病院に連れて行く。それだけです。私の家では、ネコは自由に外から出入りしていた。彼らはしばらく家を空けて出かけることもありますが、必ず帰ってきます。人と場所に居付きます。
 彼らは自由で気ままですが、人と生活を共にする天性の能力があります。あまりに自然のままに近くにいるようになるため、当たり前の存在になります。しかし、勝手な人間は、気持ちに任せて、彼らを求めたり、愛情を押し付けたり、中には(非常に残念ながら)邪険に扱う人もいることでしょうけれど、彼らは実に自然なこなしで、それに応じたり、適当にいなしてくれたりします。
 私は、ネコについていろいろ考えたとき、ひょっとして彼らが属しているのは、「神の領域」なのではないか、と思うことがしばしばあります。神さまが、ちょっとしたきまぐれで、現生に遊びに来て、「まあ、気楽にしててくれ、こっちも適当にやってるから」という感じでそこらへんにいるのではないか、そのかりそめの姿が、「ネコ」なのではないか、と思うわけです。まあこれは、それこそ「多神教」的な神のことですが。
 つまり「ネコ愛」というのは、そういうネコの間合いを読み取ることができる人間の感性に基づいた「感情表現の一形態」のことです。言ってみれば「無償の愛」でしょうか・・・ネコが好きな人は、みんな持っているものかもしれません。しかし、ネコと相対していると、「無償の」という価値自体すら、とたんに色褪せてくるのを感じますが・・。
 そういった、「ネコ」的なものを写真に収める。そういった「ネコ」的なものを知った人間として、ファインダーを構える。私は岩合さんの写真を観ていると、そういった、きわめて純粋で単純化された世界を感じてしまう。被写体となるのは、決して純血種でも希少種でもない。いってみれば「どこにでもいるネコ」です。しかし、それこそが私には「ネコらしいネコ」。下手に飾り立てたり、モデルのようにきれいに繕ってしまうと、どうも「ネコの神性」は、落ちてしまうようです。
 もちろん「かわいい」と感じてもいい。なぜなら実際彼らはとても「かわいい」のである。しかし、それだって「かわいくあろう」みたいな意志はまったく皆無。すべてが自然で、アピール性は一切ない。そして、ふだん私たちが実社会を生きていて感じるプレッシャーやストレスを、一切無縁化、無力化する永久の力を、私はネコたちから感じてしまうのです。
 実際にネコを飼うと、そういったことは、なんとなく感覚的にわかる。そういうのを言葉で言うと「感受性が養われる」とでも言うのでしょうか。でもそんな面倒ないいまわしも、きっとどうでもいいことなのでしょうね。すべての答なんて、ネコたちには、最初から全部当たり前のようにわかっていることなのだから。
 そんなことが伝わってくる、「いい写真集」です。

幌延町史

レビュー日:2014.9.12
★★★★★ この本のお蔭で、殖民軌道問寒別線の線形の謎が、少し解明されました。
 1974年(昭和49年)に編算された北海道宗谷管内幌延町の町史。930ページに及ぶ内容で、以下について記述がなされている。
 第1章 北海道略史(明治時代以前、北海道庁設置以前の時代、北海道庁時代、北海道時代)
 第2章 地誌(自然環境、幌延町の地名解)
 第3章 幌延町の古代
 第4章 天塩川流域(天塩川沿岸のアイヌ、天塩川の踏査)
 第5章 天塩国郡町誌(天塩という地名の初出、天塩国・天塩郡、天塩町)
 第6章 明治以前の天塩場所
 第7章 部落史(上問寒、中問寒、問寒別、雄興、開進、上幌延、幌延、北進、上沼、浜里)
 第8章 戸数と人口
 第9章 行政(昭和初期の村政及び町制施行と町政、歴代戸長・村長・町長、歴代上席初期・助役、歴代収入役、村会・町議会議員、議長・副議長・其の他委員、部落の自治、幌延町名誉町民、幌延町章および幌延町旗、行政機構と各種委員会、天皇・皇后両陛下道北地方御巡幸、北海道100年・幌延町開基70年記念祝典)
 第10章 財政(明治時代の財政、大正時代の財政、昭和初期歳入歳出の財政、地方交付税制度、最近5カ年の財政、明治より最近5カ年までの財政内容の推移、財政規模の推移と昭和45年度(当初)予算、町有財産)
 第11章 太平洋戦争前後(満州事変から日支戦争、太平洋戦争への突入、終戦)
 第12章 農業と牧畜業(植民地選定報文、開拓、農業協同組合、幌延農業共済組合、農業および牧畜関係諸機関、農地改革、農地制度の概要、馬の歴史、牛の歴史、その他の家畜家禽の歴史、酪農業
 第13章 総合開発とサロベツ原野の開発(総合開発、サロベツ原野の開発)
 第14章 林業(林業の推移、冬由造材と流送史、天塩営林署、北海道大学天塩地方演習林、林業関係機関)
 第15章 鉱業(明治以前の鉱業、明治以降の鉱業)
 第16章 工業(澱粉製造業、乳製品工業、木工業、窯業土石製造業、その他)
 第17章 水産業(明治以前の水産業、明治以降の水産業)
 第18章 商業
 第19章 水道と電気(水道、電気)
 第20章 教育(各学校の概要、社会教育)
 第21章 宗教(神社、寺院、その他の宗教団体、火葬場と墓地)
 第22章 交通(明治以前の交通、明治以降の交通)
 第23章 通信(郵便局設置以前、郵便局の設置)
 第24章 警備(警察、消防)
 第25章 厚生(社会福祉協議会、方面委員及び民生委員、人権擁護委員及び司法保護司、生活保護、児童福祉、国民年金、日本赤十字社幌延分区、老人福祉)
 第26章 保健衛生
 第27章 文化(ラジオ・テレビ及び新聞、文学、スポーツ、趣味同好会、観光)
 第28章 幌延町の未来像
 幌延町は、北海道でも最北部に位置し、気候の厳しい酪農の町である。1899年(明治32年)に福井県団体15戸が下サロベツ原野に入植したのが町の興りとされている。このように、北海道の自治体史の場合、開拓以降の歴史が短いため、その記述内容は近代史に特化される。この幌延町史も、内容は1974年までの100年に満たない期間に集中しており、一つの視点で近代史を俯瞰する面白さがあるが、一方で厳しい土地の開拓の困難さが随所に垣間見られる内容になっている。
 幌延町の現在の人口はおよそ2,500人であるが、本書によると、人口が最大であったのは、1960年(昭和35年)で、7,400人となっている。この書が編算された1974年においては、すでに過疎と言う名の下り坂に入っており、全国でも特に早くから過疎の始まった自治体の一つとさえ言える。現在、日本原子力研究開発機構の放射性廃棄物研究施設が立地しているのには、それなりの理由があるわけだ。
 さて、私がなぜ本書に興味を持ったかと言うと、幌延の殖民軌道について知りたかったからだ。北海道の開拓期には、物資等を輸送するため、様々な目的で殖民軌道や森林鉄道と呼ばれる軌道が敷設されている。幌延町も同様で、幌沼線(幌延‐沼川)と問寒別線(問寒別-上問寒別)の2つの線区が維持されていた。
 このうち問寒別線について、40年以上前に私の父が訪問しており、私の手元には、その際の貴重な写真がいろいろとある。その写真に写る軌道と周囲の人の姿から、当時の様子がどのようなものだったか、とても知りたく思ったわけだ。
 この問寒別線は1957年には、年間の輸送人員24,463人の他、石炭30,000tに加え、多くの農産物、木材を輸送している。開拓の象徴といって良い。本書には、その頃の輸送や路線経営、投入されたインフラ等の様々な記述がなされていて、たいへん興味深い。一方で、その記述の「末尾」は寂しいものだ。淡々と1971年5月31日に廃止となり、「過疎バス」が代行運転となった旨が記載されている。
 この問寒別線、父の写真は残っているが、現在ではその線路跡もはっきりしないところが多い。私の基本的な問いは「どこを通り、どこに停留所があったのだろうか?」である。本来決定的な資料と言えるのは1957年(昭和32年)の5万分の一地形図「敏音知」と「上猿払」である。それらの地図には、明瞭に軌道が書き込まれている。しかし、この軌道の表記が正しいとは思えない事象が、いくつかの研究で指摘されている。
 本書では、地形図のような詳細な地図はないが、部落別の略地図があり、中で、「問寒別」、「中問寒」、「上問寒」の3つの略地図に、軌道が書き込まれている。それらを見ると、1957年(昭和32年)の5万分の一地形図「敏音知」の表記と、線路があった場所が、中問寒集落で異なっていることに気付く。私がいろいろと調べた限りでは、どうも地形図の記載が曖昧で、本書の略地図の方が正しいらしい(ただし、路線付け替えなどにより、両者が同一の軌道線形を描写していない可能性がある)。逆に言うと、それくらい殖民軌道の正確な記録というのは、きちんと残っていないことが多いということになる。
 そのことがわかっただけでも、私には貴重な記録であった。
 また幌沼線の停車場名(幌延、清水沢、南沢、駅逓、北沢、駒形、上福永、有明、天興、沼川)と問寒別線の停車場名(問寒別駅前、宗谷、4線、8線、15線)が記載されているが、こちらも資料によって異なるものがあり、これは軌道の性格から、停車場が変更されることがあったためと考えられる。
 ちなみに国鉄宗谷線について、各駅の貴重な写真と、利用人員が記載されている。参考までに書くと1966年(昭和41年)の各駅の1日当たりの乗車利用者数は以下の通り。
 下沼57人、幌延579人、上幌延77人 安牛64人 雄信内98人 問寒別184人
 貨物の利用につても詳細なデータがあるが、こちらは雄信内の利用が問寒別を上回っていることにやや意外な感を持った。  その他に、各種産業や行政について、災害に対応しながら開拓することの困難さ、厳しさといった、この地域特有の苦節の歴史と、その困難さに力強く対応した住民の足跡が詳細に記録されていて、これらの時代全体を俯瞰することができる。愛想のない行政文書的に記述されていることが大半であるが、その面白さは、時代背景を彷彿とさせるところにある。
 とはいっても、これは「資料」であって、一般的な「読み物」というわけにはいかない。私個人的には、知りたかったことがいろいろ書いてあり、ためになったということに留まるだろう。いずれにしても、父の写真と併せて、問寒別を走り抜けた殖民軌道の姿を思い描くのに、私にはきわめて大切な資料である。
 なお本書中では、人口等多くのデータを、他の留萌管内の市町村と比較する形で掲載しているが、これは2010年以前、同町が留萌支庁に所属していたためである。(現在は宗谷総合振興局)

夕張―風間健介写真集 風間 健介著

レビュー日:2015.4.7
★★★★★ 啓示的な衝撃を受けた写真集です
 一目みた瞬間に、啓示を受けたように立ちつくして見つめ続けた写真。それは、風間健介(1960-)という写真家が夕張で撮影したものだった。
 私が生まれた前後、父は写真を趣味としていた。70年代、特に蒸気機関車をターゲットに、鉄道に乗って出かけ、多数の機材を担いで雪を漕いで峠に登り、様々な写真を撮影していた。また、夕張や美唄、赤平といった産炭地には、炭鉱鉄道が敷かれていて、美しい造形の機関車が使用されていたから、産炭地にもよく出かけていた。自宅には暗室があり、それらの作品は様々な大きさの印画紙に映された。また、多くの写真集を大切に保管していた。
 だから、私も小さなころからたくさんの写真や写真集を見てきた。家の中には、たくさんのクラシックのLPとともに、白黒写真が飾られ、暗室からは、かすかに薬品のにおいがした。自分の原体験はそんな感じである。
 そんな私が、魂が抜かれたように固まったのが、この風間氏の写真をみた瞬間である。なんという力強さ、美しさ、そして深い闇。まさに深淵から語りかけるようなショット。私は、この写真集を見て、世界有数の力を持った風間健介という写真家の名を胸に刻むことになった。
 風間氏は夕張に17年間住んでいたという。しかし、その生活は厳しかった。写真での生計は立てられず、長期のアルバイトに出かけては、隙間風のすさぶ夕張の家に戻るという日々。しかし、そのような厳しい日々の中で、彼は写真を撮り重ねていく。私が彼の写真から感じるものは、特有の自然観である。風の動き、雪の輝き、天体の運行、そういった自然法則的なものに沿った瞬間を完璧に切り取った世界が、そこに示されている。
 夕張という町に、人はどのようなイメージを持つだろうか。最盛期には12万人近くあった人口が、エネルギー政策の変転により減少を続け、現在では1万人を下回る。廉価な輸入炭に対抗し、産炭地の生き残りを掛けた北炭夕張新炭鉱は、国からの補助金を得る産炭量をクリアするため現場に負荷をかけ、1981年にガス突出事故を誘発。93人が亡くなるという悲劇的事故だった。幼少時の私が鮮烈な印象を受けたのは、坑内火災が鎮火せず、多くの坑内員が生死不明のまま、最終的に夕張川の水が鎮魂のサイレンとともに注入されたニュース映像である。その後政府と北海道の後押しで強引に進められた観光地転換事業も失敗し、2007年、夕張市は財政再建団体に指定された。
 だから、夕張には暗いイメージを持つ人が多いだろう。けれども、私はたびたび夕張に足を向ける。空知炭鉱アートなどの催しにも行かせていただいているが、それ以外の機会にも訪問している。そして、さびれた商店街、人の少なくなった炭鉱住宅を抜ける。私が鉄道や廃線跡が好きという以上にここには何かがある。とても強く訴えるもの。以前の私は気づかなかった。三弦橋が無粋な巨大ダムに沈んだとき、「また夕張に来ることがあるだろうか」と思ったものだ。しかし、私は夕張に「何か」を見つけたと思っている。
 それを具体的に書くのは難しい。陳腐になるかもしれない。しかし、様々な"人の営み"と、それを覆う"自然"という、強烈な二項の存在を、これほど覚醒的に感じさせてくれる場所は少ないと思う。安易なノスタルジーだけではない特有の厳粛さがある。それは、この町の歴史、つまり繁栄と悲劇を経て、現在のエネルギー的な静寂に至った過程に、自然史の濃縮された瞬間、生死の定めを持つ人の運命といったものが、きわめて静穏に示されている、と感じるということだ。それゆえに、この町がもつ風景は、時として壮絶な美しさを放つのである。(逆に言うと、その厳しい宿命的なものから目を逸らしたいという人は、夕張を、どこかよその世界の象徴として、必要以上に敬遠し、時に忌み嫌ったりするのだろう、とも思う)
 総じて、すごい写真集である。対象は何も語らぬ静物であるが、その示すことはきわめて雄弁である。現在、絶版となっているようだが、是非、なんらかの形で再販を願う。間違いなく世界に誇れる写真集だ。全200ページ。すべて白黒。
 なお、参考までに、撮影場所(対象)の一覧を書き添えておく。
 平和炭鉱ズリ山・北炭化成工業所(解体済)、本町地区、社光地区(解体済)、石炭の歴史村と高松地区(解体済)、シューパロダム、南部地区・北夕炭鉱ズリ山、日吉地区、千代田地区、常盤地区、昭和地区、真谷地地区、清水沢宮前町、清水沢清稜町、北炭夕張炭鉱大新坑、北炭真谷地炭鉱選炭施設、北炭化成工業所コークス炉煙突、北炭真谷地炭鉱貨車積みポケット、三菱大夕張炭鉱(解体済)、北炭清水沢炭鉱事務所、平和地区変電施設(解体済)、三菱大夕張鉄道ラッセル車、採炭救国坑夫像、北炭夕張新鉱通洞口、北炭清水沢発電所(解体途中)、北炭機械、社光・高松地区(解体済)、鹿島地区(解体済)、北炭真谷地炭鉱総合事務所、南部遠幌町、清水沢清陵町

札幌昭和ノスタルジー―我が青春の街角へ 大鹿 寛著

レビュー日:2015.6.23
★★★★★ オリンピックを契機に、「官主導」の開発が主流となった札幌の町並み。以前の姿はこのようなものでした。
 ぶらんとマガジン社より2015年に刊行された「我が青春の街角へ 札幌 昭和ノスタルジー」と題された239ページの写真集。同様の「函館」「小樽」のシリーズに引き続くもの。昭和30年代を中心に、札幌市内で撮影された様々な写真が掲載されている。白黒写真が大半だが、一部カラーもある。目次を書き出すと、以下の通り。
【其の一】
札幌駅
大通公園
 ・さっぽろのテレビ塔は東京タワーより早かった
 ・エッ、豊平館が大通にあった!?
創成川河畔 うんちく歩き
札幌一番街商店街
【其の二】
定山渓温泉
 ・歴史にひたる、思い出温泉
 ・月見橋変遷
 ・見返り坂
 ・あの頃のお宿へ
 ・歓迎!御一行様
 ・大らかな混浴時代 露天風呂万歳
 ・昭和30年代初めの艶やかな温泉街
 ・小金湯温泉パラダイス
薄野ラビリンス 時空の旅
 ・薄野銀座街
 ・キャバレー戦国時代
 ・お色気ラプソディー
 ・ススキノのシンボル 十字街のあの頃
【其の三】
嗚呼、定山渓鉄道
間もなく到着です あの頃の電停
知っているようで知らない秘密の円山
 ・円山が「温泉郷」だった頃
 ・円山が農業の町だった頃
 ・円山が「円山町」だった頃
 ・円山動物園ヒストリー
 同様の企画で、いき出版が刊行した「札幌市の昭和」という本もあったが、当アイテムはそれよりはるかに安価。しかし、内容の興味深さという点では、特に劣るわけではなく、とても面白い。
 札幌という町は、短時間で大きな変貌を遂げている。明治期に開拓使が設置されていらい、世界でも類例をみない規模の移民が積極的に行われ、190万都市にまで成長した。その間の発展の速さは驚くもので、私も幼少のころ、家の周りの風景が、数か月単位で次々に変わっていく様を目の当たりにしてきた。
 2000年代になると、人口増加も終わり、一つのエネルギー的な安定点に達した様相である。このようなタイミングで、どこか回顧的な本が相次いで出版されるというのも、なにか暗示的だ。
 札幌の風景を劇的に改変したのは、1972年に開催された札幌オリンピックである。現在の札幌の計画的な町並みの端緒となった。それ以前も札幌は碁盤の目状と言われる街路の設計がされていた。しかし、人口増が激しいこともあり、街区は整理と混沌が入り混じった複層的な用途となり、商業地も入り組んだ構造をしていた。
 しかし、札幌はオリンピックを境に官主導による町づくりというスタンスを明瞭にする。その象徴が、大手私鉄東急傘下にあった定山渓鉄道の路線買収による廃止である。民間の私鉄を廃止し、その廃線跡に公営の地下鉄路線が敷かれるとともに、定山渓鉄道の職員を札幌市職員化するなど、官主導の色彩を前面に出すことになる。もし、定山渓鉄道が残っていれば、私鉄(東急)資本による沿線開発により、札幌の町並みは現在のものとは大きく変わっていたに違いない。
 本書が示すのは、今の「官主導開発後」の札幌ではなく、それ以前の札幌である。それが、決定的な違いだと感じる。都心部を中心とした商店街の様子は現在では考えられないほど、様々なものが混交しており、それが味わいとして伝わってくる。現在の整理整頓された町並みとは似ても似つかない。
 個人的に、本書を買ってとても良かったのは、定山渓鉄道の紹介が充実していることである。特にほぼすべての駅の写真が掲載されているのは、私にはうれしい。滝ノ沢、小金湯など味わい深いし、当時の鉄道が、森林を抜け、渓谷美を堪能できる美しい車窓を持っていたことも示されている。
 また、定山渓の紹介も面白い。現在まで残る有名ホテルの当時の姿の紹介はとても興味深い。また、芸者の様子は、薄野の文化の紹介と併せて、当時の札幌の風俗をよく伝えるものだ。また、混浴時代の浴場の様子など、当時の気風の伝わってくる貴重な写真。よく、このような写真が残せたという感慨も残る。
 市電の風景もなかなか趣深いものが多い。鉄北線が新琴似まで延長されたころ、今では繁華街となった田園風景を、気動車式市電(!)が行く様など、これもほんの一時期だけ見ることのできた風景だった。
 円山の歴史も集中的に取り上げられている。かつては温泉保養地だったことは私も知っていたが、当時の貴重な写真を見る機会はほとんどなかったので、これもとても面白かった。できれば、かつてこの保養地と市街地を結んでいた札幌温泉電気軌道についても、写真を掲載してほしかったが、この鉄道は短命だったこともあり、あまり適当なものが入手できなかったのかもしれない。  いずれにしても、この価格で、これだけ貴重な写真を見る機会をいただいたのは、本当にありがたかった。


函館昭和ノスタルジー 我が青春の街角へ 大鹿 寛著

レビュー日:2015.12.25
★★★★★ 異郷の地「函館」に深い郷愁を感じる一冊
 ぶらんとマガジン社から「函館昭和ノスタルジー」と題して、函館市の昭和期を中心にまとめられた写真集。以下の項目にまとめられている。
【其の一】 思い出の百貨店・昭和のデパートは娯楽の王道だった
 棒二森屋
 丸井今井
 WAKOデパート
 彩華デパート
【其の二】 函館老舗物語
 昭和が息づく十字街商店街
 十字街老舗商店行ったり来たり
 大門の老舗・郷愁そぞろ歩き
 美鈴珈琲
【其の三】 古きよき時代の追憶
 何とものどかな函館駅前風景
 街の経済を支えてきた函館港に浮かぶ要塞
 ごろ寝が懐かしい、青函連絡船
 嫁に出すなら日魯の社員
 昭和、あの懐かしき劇場にご招待
 私の昭和Old Miss菊・広瀬・菊枝
【其の四】 昭和のぬくもりに触れる小さな旅
 大門路地裏ラビリンス
 昭和角打ちカウンター
 昭和の面影探して弁天町歩き
 中島廉売
 自由市場
 投稿日現在、同シリーズとして「札幌」「小樽」が刊行されていて、私はいずれも購入させていただいた。
 札幌で生まれ育った私にとって、函館は遠い場所である。東京などに出かけたおり、札幌に住んでいるのであれば、函館にもよく行くのだろう、といった感じで話しかけられることがあるのだけれど、いやいや、おそらく札幌に在住している多くの人にとって、函館というのは東京より行く機会の少ない土地だと思う。
 そもそも、札幌・小樽と函館では文化圏が違う(と思う)。室町時代から和人の入植があった函館と、明治になってやっと開拓が開始された札幌の歴史背景が大きく異なるのは当然だろう。気候も大きく異なる。積雪量の多い札幌に比べて、函館は雪も少ない。また、早くから開港し、外国との交易が盛んだった函館には、いたるところ洋風建築の建物がある。坂と港を中心とした風景も別物。北海道では八月におこなう「七夕」も、函館周辺は全国標準の七月実施。
 とにかく、札幌からみると、函館はまったくの異郷なのだ。気軽に行ける小樽とも話が違う。
 そのようなわけで、この写真集を見ても、私には直接的には「懐かしい」という感慨は起きない。ああ、この時代は、函館はこんな感じだったんだ、という気持ちは沸き起こるわけだが。しかし、本書を見ているうちに、なぜかノスタルジックなものに満たされたのは確かだ。
 やはり函館というのは、美しい街である。ぶらぶら歩きがこれほど楽しい街もなかなかないだろう。陸繋島に形成された町並みは、砂州に拓かれた街からの風景も、陸とつながった函館山側からの風景も、どちらもとても絵になる。そして、そんな地形の中に、港、洋館、路面電車、造船所、交易施設、教会、市場、漁港、温泉といったものが散りばめられている。それは不思議と、この地に所縁がないものにも、郷愁を感じさせる風景だ。
 それで、この時代の函館のことをほとんど知らない私でさえ、本書を見ていると、タイトル通りとてもノスタルジックな感情が沸いたのだろう。そういう意図でうまく編集されているとも言える。そして、やはり青函連絡船が良いのだ。本州との間を4時間かけて結んだ船。かつて紀行作家の宮脇俊三氏が、旅は過程である、ということを述べられていた。目的地に最速で着くことを繰り返す旅に比べて、なんと情緒の深い旅程だっただろう。この連絡船の発着こそ、函館に着く旅人に、深い旅情を抱かせるものだった。
 そういうわけで、本書を眺めながら、私は、自分の断片的な思い出を繋ぎ合わせながら、昭和時代の函館を探索するような気持ちに浸ることができた。
 ただ、もう少し掲載してほしかった点として、青函連絡船から旅人を引き継ぎ、北海道の内奥へといざなった鉄路、特に五稜郭機関区や往年の蒸気機関車たちの風景を見て見たかった。それと、2004年に函館市と合併して消えてしまった4つの自治体~戸井町、恵山(尻岸内)町、椴法華村、南茅部町~についても、少しずつでも昭和期の写真があればもっと良かったとも感じた次第。
 ただ、これは私個人の嗜好性に関するものなので、そのことを特に不足と感じない方には、全然OKでしょう。いずれにしても、タイトル通りの美しい写真集になっていて、オススメです。

小樽昭和ノスタルジー―我が青春の街角へ 大鹿 寛著

レビュー日:2015.11.20
★★★★☆ 美しい写真集。ただ、小樽の重要な風景がいくつか欠けている感じもします。
 ぶらんとマガジン社による昭和の小樽をテーマにした写真集。全240ページで白黒カラー混合。
 まずはその目次を記載させていただこう。これらの項目をずらっと見渡すだけで、本書の雰囲気が伝わると思う。
【其の一】 時を重ねた香りを感じながら、「昭和の物語」に迷い込んでみませんか?
 堺町通り変貌
 花園銀座街
 小樽・手宮物語
 手宮の老舗 今に続く"あの頃"散歩
 梁川通りを昭和歩き
 まだまだ、ありますう。あの頃のお店へ
 小樽運河 運河か埠頭か?明治にもあった運河論争
 小樽駅
 海陽亭と裕次郎
 今日も小樽名物 北海製罐の"ボー"が鳴る
 「印字」のススメ
【其のニ】 フェイ・ダナウエイがいた。喫茶エンゼルがあった。稲穂湯があった、「あの頃」へ。
 映画館が街中にあふれていた"あの頃"
 小樽・昭和銭湯
 文化の発信拠点だった小樽の「昭和喫茶」
 小樽の菓子文化を楽しむ
【其の三】 「あら、久しぶり」頁をめくると、「あの頃」のママの声が聞こえる。ただただ、ひたすら酒を飲み、路地裏をさ迷い歩いた青春酒場がここにある。
 花園路地裏 青春酒場
 キャバレー現代
 昭和角打ちカウンターにようこそ
 タイトル通り、ノスタルジックな雰囲気に満ちた一冊。私自身、小樽は思い出深いところ。私の母がかつて小樽の最上町に住んでいたということもあるが、私が小さいころ、というのは1980年代の初めごろだけど、両親はたびたび私と妹を連れて小樽に遊びに行った。私はいつも小樽に向かう列車に乗るのが大好きだったし、小樽に行くと、私の住んでいる札幌とは全然違う空気感があるのが好きだった。坂と港。密集した家並み、狭い路地、並び立つ倉庫。特に印象に残っているのは重厚な小樽駅とその地下通路、駅前から路地をななめに貫く三角市場、駅前にあった長崎屋の中の巨大な水時計など。ときおり、両親がお気に入りの「ろーとれっく」(フランスの画家の名)という喫茶店に行き、ケーキを食べた。たまにはお寿司屋さんにも行った。
 そのようなわけで、本書を見た私は、「ああ、あのときはこんな風景だったな」と、たちまち深い郷愁に誘われたのである。
 しかし、小樽にそのような思い入れがなくても、この写真集はとても美しいものではないかと思う。なにより、小樽の歴史というのが、劇的で、そのため、様々な時代それぞれに、街のあちこちでフォトジェニックな風景が広がっていたからだ。
 小樽と言えば「運河」を連想する人は多いだろう。まずこの運河がやはり味わい深い。この運河の味わいは、その成り立ちに起因している。通常、運河は陸地を掘削して出来る。しかし、小樽運河は、掘り込み式ではなく、水路を残して凌渫し海を埋め立てることによって形成された。そのため、運河は旧海岸線に沿ってゆるやかにカーブしている。この自然な曲線が、周囲の倉庫や昭和中期の建築物との風景によく符合し、現在の観光対象にふさわしい風景となっている。
 小樽運河は、1923年に完成した際には、幅40m、長さ1,314mという規模であった。しかし、その役割を終えた後は、悪臭の発生源となり、1966年に、運河の埋め立てが計画された。しかし、運河の風景を守ろうという市民運動が起こり、1979年に計画の変更がなされる。その結果、650mの道路を運河沿いに建設、かつ1,120mの遊歩道が整備されることとなり、現在の風景の基盤が作られた。
 本書では、かつての運河の風景も収録されているので、その歴史を踏まえてとても興味深く思えた。
 加えて、小樽はかつてニシン漁の拠点、石狩炭田から産出される石炭の積み出し、樺太との通商拠点、また道央で生産された食糧の搬出拠点として大きく発展し、最盛期には20万人を超える人口を擁した。国際貿易港としての関連施設も整備され、商都としての発展に伴い、都市銀行が続々と支店を出店し、北のウォール街と呼ばれた。この人口と巨大な経済力を反映した繁華街が形成されたが、もともと、平地の少ない土地であったため、その雰囲気は独特のものがあった。
 これらの店舗の中には、現在まで続くものもあるが、本書は、往時と、現在とを、それぞれ同じ画角で撮影した画像を掲載するなど、なかなか興味深い視点で編集されている。
 そのようなわけで、花園、堺町通りといった界隈を中心に、とても興味深い写真集となっているが、私には、鉄道関連の掲載が少ないのが残念だった。
 「日本土木史の奇跡」と呼ばれた手宮の高架桟橋はもっと取り上げられても良かったと思うし、往時の手宮線の手宮駅や色内駅、あるいは3つの埠頭にそれぞれ通していた貨物線の風景など、あればとても良かったのに、と思う。加えて、かつて東洋一の規模を誇った小樽築港機関区の風景がまったくないのは、どうした訳だろう?。あるいは貨物駅となった手宮で、1970年代まで入れ替えに活躍し、現在小樽市総合博物館で保存されている1933年製の蒸気機関車C126の姿など、ぜひとも収録してほしかった。
 また、鉄道以外でも、朝里、祝津、蘭島など、中心部以外の地区の風景も、もっと紹介してほしかった。
 というわけで、全般に素晴らしい写真集とは思いながらも、個人的にはちょっと肩すかし感もあったので、星は4つとさせていただきます。

写真が語る旭川 ~明治から平成まで~ 北海道新聞社

レビュー日:2017.3.2
★★★★★ なかなかに特徴豊かな町、旭川市の歴史を、貴重な写真で俯瞰できる一冊
 テーマごとに写真を紹介し、156ページで旭川市の歴史を俯瞰する一冊。まず、参考までにその内容(章のタイトル)を書く。
巻頭特集1
 空から見た旭川市市街 戦前から近年まで、航空写真で見る街の変遷
巻頭特集2
 地図に見る街並みの変遷 河川改修による市街の発展も一目瞭然に
第1章 開拓の歴史
 山野が切り拓かれ、街の礎が築かれていく頃
第2章 第七師団と戦争
 屯田兵の入植、第七師団の設置、そして戦中戦後の街は…
第3章 建物のいろいろ ?官庁・銀行・病院など-
 明治大正期の街で存在感を放った名建築
第4章 産業と街並み
 商・工業の起こりと街の発展、商店街の賑わい
第5章 交通と乗り物
 明治に開業した官設鉄道。市内電車、SLの思い出も
第6章 街は川とともに
 洪水と戦った時代。旭橋の誕生、川と生きる人々の姿
第7章 学校とスポーツ
 明治以後、各時代の学舎の記憶と、スポーツの名場面
第8章 娯楽と行事
 お祭り、映画、ばんえい競馬・・・・・・庶民に愛された娯楽の数々
第9章 昭和・戦後の街
 多くの人が記憶する、なつかしい昭和の街の風景
第10章 アイヌの文化
 旭川にゆかりの深い、先住民族の生活文化を伝える行事・できごと
巻末
 主要事項年表
 人口35万人の旭川市は、人口規模では、北海道・東北地方で札幌、仙台に次ぐ第三の都市である。その近代開拓の歴史は1890年の神居・旭川・永山の三村開設から始まったとみなすことができる。札幌に開拓使が置かれたが1869年であるから、その20年後に開発が始まったことになる。
 旭川は、石狩川、忠別川、美瑛川、牛朱別川といった規模な大きな河川が集まった肥沃な大地であつ上川盆地の発見から開発が始まった。多くの河川の集まった盆地は、治水対策と米の品種改良によって、大規模な稲作地帯となっただけでなく、良質な水によって、蕎麦の生産、日本酒の製造も行われる。また、後背に森林資源を抱え、家具も名産品となった。
 また、旭川の特徴として、「軍都」という性格がある。1945年まで陸軍最強と謳われた第7師団が常駐し、そのために鉄道敷設が急がれるなど、旭川の発展の大きな要因となった。
 本書を見ると、旭川という都市の歴史が、開拓以来120余年と短いにもかかわらず、濃厚で、時代を鋭敏に反映していたものだったと感じられるのは、開拓、開発が様々な歴史背景と強くリンクして進められてきたからだと感じられる。そういった点で、非常に興味深く、面白くまとめられている。
 掲載されている写真はほとんどが白黒で、昭和時代のものなど、もう少しカラーで見たかったが、特にかつて存在した街並みを示したものは、どれも印象的だ。これらの街並みを残すことができたら、旭山動物園とともに、観光対象になったのではないか、と思うくらいに趣のある建築物が多い。それらの貴重な建物が失われたのは、旭川に限った話ではないのだけれど。
 私個人的に、一段と深い興味を持ってみたのは、鉄道関係の写真である。実は、本書を購入した最大の理由は、表紙に軌道の写真が出ていたからだ。そして、実際に第5章では旭川市街軌道や旭川電気軌道の貴重な写真が紹介されていた。だが、量的には、期待していたほどではなく、できれば、地図や各駅や停留所の風景などももっと拝見したかったのが心残りだ。国鉄関係では、線形改良のため廃止となった神威古潭駅や、宗谷線を最後の活躍の場とした名機C55などが掲載されている。現在の、忠別川に沿うように建つ近代的な旭川駅の駅舎はカラーで紹介されている。
 古地図も興味深かったが、個人的には、各時代の5万分の1地形図など紹介してくれると、もっと楽しかったと思う。
 その他、国内初の試みであった恒久的な歩行者天国である「買物公園」や、治水事業に係わる写真・記事(治水事業のための臨時に敷設された軌道が写っている)など、多面的に興味深い。前述のように、個人的にもっとほしいものはあるけれど、この枚数でバランス良くという観点で、致し方ない面もあるだろう。
 いずれにしても、北日本の大都市であるにも関わらず、意外とその歴史や性格が知られていない(と感じられる)旭川市について、よくわかるようにまとめられた1冊となっています。

寿都歴史写真集 1891~1945 山本竜也著

レビュー日:2018.11.16
★★★★★ 北海道南西海岸の漁業の町、寿都の歴史に込められた物語を実感
 北海道の地図を見ると、その南西側の日本海沿いには、いくつかの河口を除くと、急峻な地形が連続している。この地形は、札幌から小樽に向かう途中の銭函海岸で端を発し、積丹半島をぐるりとまわり、雷電海岸、茂津多岬を経て、尾花岬、江差海岸から、松前半島をぐるりとまわり、函館平野に至るまでほぼ連続している。鉄道最盛期であっても、これらの地の沿海をなぞる鉄道線はほぼ建設されることはなく、太平洋側から陸の中を通る函館線から、岩内線、瀬棚線、江差線、松前線の4つの省線がなんとか伸びるのみで、それも現在ではすべて廃止されている。これらの地を結ぶ道路も、建設は難航し、最後に残ったせたな町太田地区を結ぶ北海道道740号北檜山大成線が開通したのは、2013年とつい最近のことである。
 この沿岸には、小さな漁村が点在している。ソーランラインと呼ばれる500kmに及ぶ小樽市から北斗市に至る道筋に、市は一つもなく、小樽のとなりの余市町(人口1万9千人)と、岩内町(人口1万3千人)以外に人口1万人を上回る自治体はない。
 この海岸線をたどると、雷電海岸の南、朱太川が海に至る寿都湾の岬部に、寿都という町がある。現在の人口はおよそ3千人。漁業と風力発電の町だ。この町の歴史で、一つ特徴的なことは、これらの沿岸の町で、唯一自前で鉄道を敷いていたことがある。函館線の山線と言われる部分、長万部から内陸に進んだ黒松内を起点とし、全長16.5km、軌間1,067mmの鉄道で、寿都の有力者がお金を出し合って建設したものである。ただ、この鉄道、国鉄への売却交渉が進展せず、1968年の自然災害から自力回復する資金を調達できず、1972年に廃止となった。悲運の鉄道であるとともに、その歴史は、どこか厳しい地形の続く海岸線に点在する集落の風景に通じるものを感じてしまう。
 しかし、寿都には活発なニシン漁を中心とした時代から、様々な文化が起り、様々な産業の歴史があり、今に続いている。それは、北海道という、厳しい冬を持つ土地における、日本の文明化に沿った開拓の歴史である。そこには様々な象徴的な事柄があって、それは地域と時代を如実に反映するものであった。
 私が本書の存在を知ったのは、現地を訪問した時である。港に近い商業施設の一角で、本書が販売されており、中身をちょっと見てみた。「ほしいけど、いくらするのかな」と思った。裏表紙を見る。安い!この内容でこの金額は、実に良心的。
 編者は、地元の人、かつて寿都にいた人たちのもとを丹念にまわり貴重な写真を収集したとのことだが、その成果は存分に顕れている。一つ一つが時代と地域を象徴的に物語っているし、それを撮影した人の思いまで伝わってくるような内容だ。その時代の人々の生活感もしっかり伝わってくるし、寿都にこれほどの建築があったのかと思えるほどの様々に趣きある古建築物が紹介されている。関連するコラム等の文章も一興以上の価値がある。また、丹念に修復復元された写真もあり、その折り目のあとに歴史と、それをいま自分が本書を通してみているという不思議なめぐりあわせのようなものを感じる。
 個人的には、やはり鉄道に関する写真に特に目がいく。寿都鉄道については1章を設けて様々な写真が紹介されている。当鉄道については黒岩保美氏が編算した名写真集「寿都鉄道」が存在するが、おそらく収集プールが異なるためであろう、写真の重複がなく、それゆえに貴重で新鮮なものである。中でも(当書の中で文章でも言及があるが)初代旧鉄道院7170形1号機の写真が1枚ある。関係者が機関車の周りに集まっている記念写真であるが、この1号機の写真というのは、私が目にしたのははじめて。前述の写真集「寿都鉄道」でも、この時代の機関車の写真は2号機しか掲載されていなかったのだ。私は、1号機の写真はもう存在していないのではないかと思っていたのだが、その貴重な写真が当書で1枚掲載されたのである。これには感動した。また同型であるにもかかわらず「2号機と相違点」があることについては、発見として当書内にも記載されているので、興味のある方はぜひ購入の上確認されることをお勧めする。
 また、現在の島牧村の役場付近と宮内温泉付近間に、1920年代から30年代にかけて敷設・運用された石灰搬送用の鉄道についても紹介されている。こちらは投稿日現在「南後志をたずねて」というHPでも該当写真が紹介されているので、併せておしらせいたい。ガソリン機関車も運用される鉄道が島牧村に存在したのである。地形図発行のタイミングが合わなかったため、その線形を国土地理院発行の地図に遺すことはなかったのであるが、この写真は貴重な歴史の一コマに違いない。(本書で紹介されている写真は馬力のもの)
 いずれにしても、北海道の日本海側に存在する一つの小さな町の確かな歴史が数々の写真を通して鮮やかに浮かび上がってくる良書で、上述のようにきわめて貴重な情報も含まれる。精力的な取材活動、良心的な値段設定等含めて、すべての観点で素晴らしい1冊に違いなく、私も大事に持ち続けたいと思う。

茂尻炭礦五十年史 (1967年) 雄別炭礦株式会社茂尻礦業所著

レビュー日:2015.6.16
★★★★☆ その後の炭鉱を襲った悲運に思いを馳せる1967年時点の茂尻炭鉱50年史
 1967年、赤平市の茂尻炭鉱が、開鉱50年目を記念して編算した茂尻炭鉱の歴史。項目を書きだしてみる。
開発前史
 1) 江戸時代の採掘
 2) 明治新政府北海道開拓使の時代
 3) 北海道庁の時代
 4) 茂尻炭礦開礦までの時代(大正前期)
 5) 茂尻炭礦の地質と炭層
第一篇 大倉鉱業時代
 1) 長期不況下の石炭鉱業
 2) 創業前夜(大倉鉱業株式会社、開坑前後)
 3) 坑勢の発展(採掘の推移、坑勢の伸びと組織変更)
 4) 炭礦とともに生きる人々(職制・人事、労務、福利厚生)
 5) 炭礦周辺のできごと(赤平村の分村独立、茂尻駅の開設、茂尻市街、公共的施設、官公衙)
 6) 大倉鉱業より雄別炭礦鉄道への移行(爆発前後、大倉鉱業の経営放棄と雄別の買収)
第二篇 三菱雄別と戦争の時代
 1) 戦時統制化の石炭鉱業
 2) 三菱雄別の新経営(雄別炭礦鉄道株式会社、新経営下の茂尻炭礦)
 3) 戦時下増産態勢へ(岩崎男爵の来山、増産への努力、増産を支えたもの)
第三篇 戦後統制の時代
 1) 戦後経済復興の過程
 2) 終戦後の混乱(炭鉱治安の悪化と鮮人労務者の送還、労働組合の結成、労働争議の高まりと生産管理、反共運動と労組主体性確立の胎動、全炭ゼネストの波紋)
 3) 混乱から復興へのあゆみ(戦後統制の強化と国管への道程、雄別社の独立と抗勢の再建、戦後のくらしの中で)
 4) 国家管理より統制撤廃へ(炭鉱国家管理の顛末、合理化への胎動、特筆すべきできごと)
第四篇 自売制下波瀾の時代
 1) 自売開始よりエネルギー革命へ
 2) 近代化・合理化への茂尻炭礦(経営実態と合理化への覚悟、坑内骨格構造の近代化-集約へのあゆみ、機械化への歩み、合理化の第一波)
 3) 労働問題の転機となったレ・パとロ・ア(レッド・パージ、部分ストとロックアウト)
 4) 近代化への支え(福利厚生、教育訓練)
 5) 変災と保安対策
 6) 茂尻周辺のできごと(赤平町から赤平市へ、豊里争議とその後日譚、生活につながるできごと)
第五篇 エネルギー革命下の時代
 1) 転換期に立つ石炭鉱業
 2) 第二波の合理化(企業整備と深部開発体制、「茂尻白書」を重点とする三山の減員、茂尻再建交渉(第三次合理化)、「雄別危機白書」と三山の合理化−第四次合理化、茂尻「七・七協定:締結」(第五次))
 3) 深部開発体制と技術の改善(立坑による深部開発体制の確立、採炭技術の改善、選炭設備の改良、出炭の補強対策)
 4) 諸機構改革、新機構の発足(山許子会社の発足、職制機構の改革、施設のかずかず、山許周辺のできごと)
 資料篇(職制の変遷、幹部一覧表、職員数の推移、職員登用(礦員)者調、職員人員の推移、勤労報国隊、挺身隊員と兵役者の状況(職員分)、職員賃金推移表(一人一方当り)、要素別原価構成比推移調、勤倹預金残高推移、社有地の変遷、社宅推移、年度別出炭人員能率図表、年度別月別出炭人員能率一覧表、年度別月別露頭出炭一覧表 坑内外図(大正11年)、坑外図(昭和9,24,42年)、坑内図(昭和10,21,42年)、坑口の開設及び推移、採炭方式の変遷、選炭工場系統図、負傷状況調、電力使用状況推移表)
 なお、カッコ付の番号は、私が便宜的に付けたもので、本書中のものではない。
 全部で340ページからなる書である。1967年に開坑50年を記念した、と記したが、その後のこの炭鉱が辿った軌跡は、他の多くの炭鉱と似通う。石炭産業自体の先細りにより、合理化の徹底によりこれを乗り切ることを目指したが、これが裏目となって1967年から69年にかけて、3年連続で尊い人命を失う事故を連続的に誘発。特に1969年4月2日のガス突出事故では19名の死者を出し、これが会社にとっても致命傷となり、5月30日で閉山。母体であった雄別炭礦株式会社も翌1970年に解散となった。その直前にこのような書がまとめられていたのも、今にして思うと、どこか運命的なものを感じる。
 私がこの炭鉱に特に興味を持ったのは、父の写真があったからだ。父が撮影したのは、根室線茂尻駅から700mほど先の茂尻炭鉱選炭場まで伸びていた茂尻炭砿専用線で運用されていたドイツ・コッペル社製の蒸気機関車103号機である。父がこの地を訪問したのは1970年だったので、すでに閉山後なのだが、採炭終了後も、選炭と運炭の作業は行われていたのだろう。
 ちなみに本書には、開坑とほぼ同時の1918年に運用開始した専用線に関する記述はほとんどない。その点はとても残念なのだが、根室線茂尻駅と、この炭鉱の起源については、いろいろ記述されていて面白い。特に貨物駅だった茂尻駅を、普通駅に昇格するにあたって、炭鉱側が相当な工面をしたことが記載されている。今現在は、その駅のみが当該地には残っているわけだが。
 いずれにしても、「茂尻炭鉱」という一つの視点を通して、近代昭和史を俯瞰するような内容となっていて興味深い。社史なので、そのようなフィルターは意識して読むことになるが、歌志内から分け入って赤平を開拓するエピソードに始まり、戦争、戦後統制を通じての国家の管理、朝鮮からの労働力の確保、GHQ主導によるレッド・パージという負の歴史、労働争議と交渉の妥結点、エネルギー変換に伴う必死の合理化など、すべてが社会史の一面を切り取ったものとなっている。また、当時の地域の様子、福利厚生等の内容なども記載されていて、当然のことながら現代との違いが明確に示されることとなる。
 その他に、坑内図が示す坑道の広がりや、坑外図が示す当時の町並みなど、当時を伝える貴重な資料と言えるだろう。また、数は多くはないが、当時の労働風景や町並みを写した写真もいくつか掲載されていて、いずれも興味深い。
 現在、赤平市を訪問すると、赤平駅付近の赤間炭鉱のホッパーや、住友炭鉱の立坑は、残されているが、茂尻炭鉱に関するものはほとんど残されていない。茂尻駅付近は普通の住宅地になっており、父の写真に写っていた巨大な選炭場跡も、なにもなかったかのようになっている。しかし、この地にこれほどダイナミックな歴史があったのだということが、本書には記録されている。

幌加内町史 (1971年)

レビュー日:2016.4.26
★★★★★ 北海道開拓の厳しさ、そして現在の退行の切なさを感じさせる記録です
 私は鉄道や地図が好きで、特に北海道にかつて無数と言っていいほど存在した鉄道・軌道に大きな興味があり、その資料を調べたり痕跡をたどったりしている。しかし、そういった鉄道や軌道を含む産業遺産のほとんどのものが、きちんとした記録がなく、時代の流れに押しやられるようにして、過ぎ去っていってしまった。だからこそ、その不確かなものを求める道程が、趣味としての奥行きを深めているのであるが、しかし、それにしてもと嘆息するくらい、資料の乏しいケースは少なくない。
 そんな私がしばしば参考にするのは、地方の自治体が編算したその自治体の歴史文献である。
 私が幌加内町に思い入れを持ったのは、美しい深名線の廃線跡と、広大寒冷な地にある小さな集落たちが、厳しく雄大な自然環境の中で佇んでいる様子、またそのライフラインであった鉄道へ、いまなお深い憧憬を感じさせる廃駅の大切にされ方などに何度か接したためである。
 幌加内町は1970年には7千人を超える人口を擁したが、いちはやく過疎が訪れた町であり、現在、その人口は1,500人。人口密度はほぼ2人/平方キロで、全国の町でも最少である。酷寒に加え多雪であり、その地での暮らしは厳しい。一方、蕎麦の産地としては有名で、全国一の生産量とともに、品質も高く安定している。そんな幌加内町を縦断していたのが深名線であり、その実態はまさにライフラインという呼び名がふさわしかった。
 深名線も1995年に廃止となり、その余波を受けるようにして、いくつかの集落は消失してしまった。時代に翻弄され、しかし黙々と営む日常の継続する様に、私は現在の象徴的なものを様々に感じるのである。
 ところで、この深名線には、宇津内という幻の駅があった。何が幻かというと、この駅、いつ廃止され、どこにあったのかよくわからない。私が本書を買ったのは、これに関する記述があるだろうか?という興味があったからである。結論としては、場所や廃止日の明示はないものの、その駅に職員が駐在していた時代があったことなどは記述されていて、それなりに興味深かった。
 しかし、私は本書を見て、それ以上に様々なものを感じた。なんといっても厳しい自然の中での開拓の歴史、また寒さをしのぐには心もとなさそうな昔の官舎や施設の写真が様々に載っていることが、私にいろいろなことを想像させた。本書が編算されたのは1971年であり、まだ町に人が多かった時代である。現在までの経緯を思うと、実に切ないものもあり、それが私には、深い感慨を得るものであった。また1971年当時の古老と呼ばれる人たちの話など、とても貴重な内容のものが記載されており、単に鉄道資料というだけなく、北海道の開拓がいかに過酷であったか、それでいて、いまその開拓した場所が再び山野に帰そうとしている儚さにあらためて接することとなった。
 そのようなわけで、私には、とても貴重な一冊となったわけである。量的にも十分な内容であるが、参考までにその目次を以下に転載させていただこう。
 序論
第1章 創生(幌加内町の生い立ち、幌加内町にはじめて足跡を印した人々、幌加内原野への入地ことはじめ、母村所属時代)
第2章 地誌(自然的環境、幌加内町から算出する化石と地下資源、動植物、戸数と人口、地名考)
第3章 開発(本町を構成する土地所有権とその開発、開拓移住者の入地経路、幌加内町に専従者として入地した人々、幌加内町の誕生と開発経過の概要、部落の開発)
 第1編 行政史
第1章 総説
第2章 執行機関(町村長部局の執行機関、部落制度、1日町長の実施)
第3章 議決機関(戸長役場時代の総代人制度、町村議会および町村議会議員、青年層による「模擬議会」の開催)
第4章 その他の行政機関(新自治制度時代の各種委員会、旧自治制度時代の各種委員)
第5章 行政通史(役場庁舎と支所および出張所、広報の発行、開基30周年および開村10周年記念、開基40周年記念、開基50周年記念、開基60周年記念、町章と町歌の制定、町制施行記念、幌加内町総合振興10か年計画の樹立、町民憲章の制定、町旗の制定、名誉町民、開基70周年記念)
 第2編 財政史
第1章 総説
第2章 財政(財政のうつりかわり、教育費と財政、起債)
第3章 税政(税の変遷、国および道補助金の変遷、納税の組織とその奨励)
第4章 財産(分村当時の財産、昭和9年頃の村有財産、現在の町有財産)
第5章 公有林(公有林の利用状況、公有林の概況)
第6章 財政に関係ある各種委員および委員会(監査委員、固定資産評価審査委員会)
 第3編 産業経済史
第1章 総説
第2章 農業(農業の推移、戦後開拓地の開発、治水、農地改革、土地改良区、農業諸団体、農業関係機関、農業員会、農業にまつわるできごと)
第3章 畜産(馬、牛、豚、綿羊、鶏、その他、家畜の保健衛生、家畜診療機関)
第4章 林業(土地利用の状況、林業の推移、林産物の生産、森林経営の概況、森林愛護組合、林業関係機関)
第5章 鉱業(水銀、砂金、砂白金、砂クローム鉄鉱、石炭・亜炭、石綿、耐火粘土、石油、鉱泉)
第6章 水産業
第7章 商工業(商業、金融、鉱業)
 第4編 教育史
第1章 総説
第2章 学校教育(本町学校教育の沿革、小学校、中学校、高等学校)
第3章 社会教育(戦前の社会教育、戦時下の社会教育、戦後の社会教育、青年学級、青年団体、婦人団体、その他)
第4章 教育行政機関および教育関係団体(教育委員会、社会教育委員、教育諸団体)
 第5編 宗教史
第1章 総説
第2章 神道(神社、天理教、その他)
第3章 仏教
 第6編 交通運輸・通信史
第1章 交通および運輸(道路、橋梁、駅逓、諸車、乗合自動車(バス)、鉄道、運輸)
第2章 通信(総説、郵便局、有線放送、農村公衆電話)
 第7編 厚生・保健衛生史
第1章 厚生史(総説、社会福祉活動、社会福祉事業)
第2章 保健・衛生史(総説、医療施設、産婆、環境衛生と伝染病、墓地と火葬場、水道事業)
 第8編 保安・警防史
第1章 総説
第2章 警察(幌加内巡査部長派出所、巡査駐在所、犯罪の発生状況
第3章 消防(消防組、戦時下の警防団、戦後の消防団、戦後消防団の歩み、消防団の現況)
第4章 兵制(徴兵制度、在郷軍人会)
第5章 自衛隊
 第9編 文化史
第1章 総説
第2章 電気(幌加内電化組合、豊政電化組合、母子里電化組合、その他の電化、電波文化の普及)
第3章 文化活動(幌加内町の文化連盟、戦前の文化活動、戦後の文化活動
第4章 体育活動(弓道、スキー、幌加内町体育協会)
第5章 観光(先住民族の遺跡、朱鞠内湖および宇津内湖、ピッシリ山登山、政和温泉と三頭山、観光コース、その他の名勝)
 第10編 災害史
第1章 総説
第2章 水害(昭和30年7月3~4日水害状況、昭和30年7月12~13日水害状況、昭和30年8月30~31日水害状況、水災余話)
第3章 風害(台風)
第4章 冷害凶作(昭和6年の冷害凶作 昭和9年の冷害凶作 昭和31年の冷害凶作 昭和39年の冷害凶作)
第5章 火災(異常乾燥下の朱鞠内大火)
 終編
(古老座談会、名誉町民列伝、青木哲雄町長の海外視察、町の足跡)

創薬科学入門 薬はどのようにつくられる? 久能祐子監修 佐藤健太郎著

レビュー日:2017.5.26
★★★★★ 創薬の偉大さを実感する一冊
 薬というのは不思議なものである。
 私も、いろいろ薬のお世話になっている。病院に行って処方箋をもらい薬を受け取る。定められた用法に従って飲む。何の違和感もなくそれをする人もいるだろう。しかし、薬が「効く」というのは、いったいどういうことなのか。薬の正式名をみると、化合物の名称があり、これをネット検索してみると、構造式が出てくる。たいした大きさでもない分子だ。これがいったい何故自分の症状を緩和するのだろうか。
 本書を読むと、その「仕組み」、さらにその「仕組み」から至る創薬の科学的な道筋が見える。
 人体には10万にも及ぶというたんぱく質がある。これらのたんぱく質が活動し、生体活動が維持されるわけである。「病気」とは、これらのどれかのたんぱく質の活動が過度に活発化したり停滞することによって、バランスが崩れることである。そのため、病気の原因となるたんぱく質を特定し、そのたんぱく質の活動を整える分子を体内に供給する。それが薬なのだ。
 と言ってもそれは困難な道のりだ。たんぱく質を特定し、その構造を解析し、そのたんぱく質の活動を制御する分子をデザインする。それだけでも大変な道のりだが、さらにデザインには様々な条件がつく。人体に対する無毒性、消化を受けない安定性、たんぱく質の存在個所にしたがって、親水性・親油性のバランスを施す。また、デザインされた分子が必ず効くとは限らない。そのため、多くの「候補分子」について、個別の評価を行い、より活性の高いものを選別していく。さらには臨床試験を経て認可を得るためには、安定的な生産・供給体制の確保も絶対条件だ。そのような数々の難関をくぐりぬけ、いくつもの針の穴を通り抜けた先の1点にある化合物を見出していく。
 あらためて考えてみると、それは気の遠くなるほど大変な作業である。実は、私も大学時代に有機合成をやっていたことがある。条件の厳しい反応、収率の低い反応にも苦労したが、個人的に特に大変だったのが精製である。多数の副産物の中から、化学的手法により目的のものをよりわける作業。それは時間を費やすもので、早朝から深夜、いや大学に泊まり込んで作業したものだ。除夜の鐘が鳴る時間も研究室にいたのは、今となっては遠いけれど、まあ良い思い出である。元素組成比や吸光度から目的とする化合物が得られたと手ごたえがあったときはうれしかったものだ。
 創薬の現場では、さらに分子デザインのセンス、効率的な作業の追求、そして無数のトライを繰り返す忍耐が必要だ。もちろん大学と違って給与は出るのだけれど、実に大変な仕事である。私達が様々な病気になったとき、頼みに思って飲む薬には、そのような背景があるのだとあらためて実感する。
 本書では、様々な実例を紹介し、どのようなプロセスでどのような薬が開発されたか、わかりやすく示してくれる。構造式はあちこちに出てくるが、高校理科程度の知識があれば、おおよそ理解はできるように平易に書いてくれている。低分子の薬だけでなく、抗体なども解説があり、化学一般の一入門書としても有用だ。また薬が世に出てくる仕組み、ブロックバスターにより「悪貨が良貨を駆逐する」現象が起こることを避けるための薬価の決め方なども書いてあり、薬をとりまく社会状況もわかる。数々のエピソードはとても興味深く、科学者のカンや偶然性が偉大な発見につながった例もあり、物語としても楽しく読めるところもある。
 創薬の「大変さ」とともに現場の「やりがい」、薬の「大切さ」を痛感させられる一冊であるとともに、偉大な薬の開発に携わる人々の「充実感」も伝わってくる。一人一人の能力が、純粋に活かされる業界ということが出来るだろう。科学の前線に相応しい。薬の世界にゴールはなく、今現在も様々な叡智がトライを行っていることを実感し、今日も私は薬を飲む。

炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす 佐藤健太郎著

レビュー日:2017.5.9
★★★★★ 平易な語り口で、化学への興味を喚起してくれます
 自然科学のうち「化学」の面から、人の好奇心を刺激するエンターテーメント性溢れる読み物。「炭素文明論」とあるが、人類がその歴史の中で、炭素を含む化合物(有機物)といかに係わってきたか、またそれを有機物の側を主体として見ると、どのような見解になるかを、興味をそそる語り口で述べている。いわゆる化学的な方法での言及や解説ではなく、筆者の広い知識を背景に「面白い見方の出来るもの」を抜書きした、歴史雑学書のような感じでもあり、衒学的な面白さがある。
 とは言いつつ、語られている内容は真摯なものだ。L核に4つの電子を持つ炭素は、安定した共有結合を様々な形で形成する。炭素は、実に豊かな化合物の世界を作り出す。人体を作るタンパク質の骨格を形成し、人が食べ物として摂取するものも有機物だ。エネルギー源も有機物である。しかし、地表・海洋の生命圏において、炭素の存在比率はわずか0.08%。この点から、著者は、人類の、天然資源、食料への関わり方に示された時代ごとの限界点から、その歴史をひも解く。
 なぜ民族の大移動がおこったのか、大規模な政変や戦争の背景になにがあったか、大航海時代、植民地政策はなぜ進んだか。それらの背景に人類が有機物を欲した根源的で説得力のある回答が示される。理系人間らしいわり切った書きぶりも良い。個人的にとても納得したのは、暗君よる暴政にしろ、どのような政治体制にしろ、民が食べて行けるかどうかが政治体制を維持できるかの分かれ目だということだ。著者は、本書の中で、人類の歴史を大きく揺り動かしたものの正体を固有名詞で端的に1点に絞り指摘している。(その固有名詞については、本書を読まれた方が良いでしょう・・「炭素」や「有機物」といったものではないです)
 また、様々に、人の「好奇心」にはたらきかける記述もなかなか楽しい。例えば、「コップ一杯のガソリンは、四人家族と荷物を載せた1トンもある鉄の塊を、数キロメートルも先まで運ぶ力を秘めている」。あらためてその事実を指摘されると、石油のエネルギーとしての利便性の高さに気づかされる。
 さて、本書において、人類は以下のステップで有機物を扱ってきたと述べる。
1) 自然界に存在する有用化合物を発見し、採取する
2) 農耕・発酵などの手段で、有用化合物を人為的に生産する
3) 有用化合物を純粋に取り出す
4) 有用化合物を化学的に改変・量産する
5) 天然から得られる有用化合物に倣い、これを超える性質を持った化合物を設計・生産する
 また、本書の末尾に、現在はさらに以下の段階に進んだものと、やや啓示的な書きぶりで述べている。
6) 自然界に全く存在しない性質を持った物質を、新たに設計して生み出す
 本書を読むと、そのステップに、文明の歩みがいかに相関しているかがよくわかる。そして、それらを具体化した様々な事例を紹介し、私達をなるほどと納得させてくれる。
 また、本書は警鐘的な一面も持っている。すでに食料を十分に供給できる以上の人口を世界は抱えていて、それを維持するために大量のエネルギーが必要なこと。またエネルギーの消費に伴って二酸化炭素が蓄積し、温暖化の危惧が高まるとともに、海水のpHがすでに産業革命以後0.1ほど酸性側にシフトしており、今後重大な問題を発生する可能性が高まっていることなどだ。化学が生活を豊かにし、以前では考えられないほどの人口を維持することが可能となったが、そのことは、元の世界に戻ることができないことを意味している。それは、化学のポテンシャルのみは抱えきれない課題となっているだろう。
 参考までに印象に残った記述をもう一点。「もし、エタノールが今発見された物質であったなら、危険極まりないドラッグとして、厳重に所持と製造が禁止されていたことだろう。」 うーん、人類の大問題はさておいて、とりあえずお酒には要注意ですね。

国道? 酷道!? 日本の道路120万キロ大研究 平沼義之著

レビュー日:2019.4.18
★★★★★ 道路考察がなぜ面白いのか、そのベースにある合理性とはなにか。
 膨大な情報量とともに精緻な「廃道・道路」の探索・調査報告を行っている有名なサイト、「山さ行がねが」の管理人である平沼義之(1977-)氏による著書。内容は、道路及びその付属物について、敷設、設置、規格決定の法的根拠、必要な手続き等をカテゴリ別に分類し、体系化しながら俯瞰した上で、その背景にある合理性を踏まえた視点ゆえに深まる道路考察の「面白味」についても、例を挙げて紹介してくれたもの。
 私は、北海道で廃線跡や産業遺産などを訪問したり、探索したり、関連する資料を集めたりする趣味を行っているのだが、前述の「合理性」と当該趣味の間には深い関連性がある。本書の内容は、ある意味教科書的、教義的で、興味の持てない人には退屈な情報が並んでいるものかもしれないが、その手の感受性のある人間にとっては、なんども「なるほど」「そうだよね」と頷いてしまう、とても楽しいものである。
 ちょっと、別の話をしたい。しばしば、朝のニュースなどで報じられる定型的なネタの一つに、「ギネスに挑戦」みたいなネタがある。しかしこれが私にはまったく興味が湧かないのだ。いや、一概に興味が湧かないと書いてしまうと、語弊があるかな。もちろん、中には純然たる凄い記録もある。いわゆる「ワールド・レコード」と呼ぶにふさわしいものだ。しかし、ニュースになるものには、「やろうという集団意志さえあれば出来る物」が多い。例えば「○○○人が一斉に×××をした」のような記録。。。それって記録だろうか。たしかに企画にそれなりの労力が払われているのだろうが、それ自体に意味がなく、合理性がない。合理性がないから、そもそも誰もやろうとしないだけ。
 私たちが、鉄道でも道路でもいい、こんなにすごい線路がある!、あるいは道路がある!、と言って、そこから喜びを感じ取るのは、そこに鉄道や道路がある必要性があって、様々な地勢学的、地理的、地形的条件と、建築工学、土木工学、そして法的環境が収れんした帰結として、そこに凄いものが生まれたことがわかる感性があるからだ。なので、例えば、そのような制約をすべてとっぱらって、ただ凄い場所に凄い道路を作ることだけを目的に道路を作って、「すごいでしょ」と言われても、まあ、ある程度面白いかもしれないが、それは箱庭的、個人趣味的なものであって、こちらの感心も別なものとなる。
 道路、鉄道が地形と戦って、姿を現すとき、産業、生活、歴史、社会環境といった多面的な要素と、政治的な手続き、技術的な制約を乗り越える過程を経ているのであり、だからこそ、そこに物語があって、その肉付きを含めて、一つの象徴として、道路や鉄道はそこに存する。だからこそ、面白く、美しいのである。
 だから、当書で中心的に述べられている法的事項というのは、いかに交通体系を整備するか、その目的と意図は何か、またそれを達成するため、道路に与えられる条件と合理的規格は何か、またそれらを維持・改善するため、必要な整備・改良はどのようなものかを収れんし、体系化したものなのである。道路における必要な規格は、それぞれの道路をとりまく事情に応じて、決定される。だから、完成した道路の姿は、その手順を逆算的にひもとくヒントに満ちていて、そのときの地域や社会の実情を反映している。
 私は古い地形図を集めるのも好きだ。これらの地形図には、様々な工作物や交通機関の線形が記録されていて、それらが様々な方法で「当時のこと」を静かに示していることに、無類のロマンを感じるからである。時には、その地形図が示す「今」の場所を訪問する。それはいつだって胸高まるテーマなのである。
 だからこそ廃線、廃道探索も楽しいに違いない。それは、敷設の合理性に、廃止の手続きが加わり、そこから時間を経た世界である。残った遺構たちは、それぞれが、なんらかの合理的な因果をもって誕生し、存在し、廃止されたものであり、だからこそ探したり見つけたりすることに、脈絡に富んだ推理や推察が加わってくる。もちろん、感傷的な作用も重要なエッセンスであるが、これらの土木構造物ゆえに持って生まれた運命や宿命との出会いが、実に楽しいのである。本書は、平沼氏のマイルドな優しい語り口で、そのための基礎知識をまとめてくれた、またとない良書である。
 ちなみに、一点だけ本書の記述に関して述べさせていただくと・・・。本書の82ページに以下の記述がある・・・鉄道の「廃線」がほぼ出尽くした感があるのと対照的に、新たな「廃道」が続々と発見・発表されています。・・・確かにそうかもしれない。だが、私が住む北海道に関しては、この主題は当てはまらないと言えるだろう。北海道は、その拓殖や一次産業、二次産業の発展開発にともなって、無数といってもよい鉄道や軌道が敷設されたが、そのうち廃線跡についてある程度十分なレポートがあると言えるのは、私の知る限り旧国鉄線や一部の私鉄線のみであり、専用線、狭軌鉄道など、かなりのものが、山野に埋もれたままである。森林鉄道(本書を読むと、森林鉄道は法体系上、鉄道ではなく道路であることがわかるが、ここでは廃線というカテゴリで述べる)に関しては、その支線網の多くが明らかになっていないだけでなく、鉄道自体が「あったと考えられている」レベルのものまで、いくつかあるくらいである。そういった意味で、北海道は、廃道だけでなく、廃線においても、無限といって良い沃野が広がっている。

日本の道路122万キロ大研究 増補改訂版 平沼義之著

レビュー日:2021.12.13
★★★★★ マイルドな語り口の専門書であると同時に著者の人柄が伝わる一冊です
 膨大な情報量とともに精緻な「廃道・道路」の探索・調査報告を行っている有名なサイト、「山さ行がねが」の管理人である平沼義之(1977-)氏による著書。内容は、2013年に刊行された、道路及びその付属物について、敷設、設置、規格決定の法的根拠、必要な手続き等をカテゴリ別に分類し、体系化しながら俯瞰した上で、その背景にある合理性を踏まえた視点ゆえに深まる道路考察の「面白味」についても、例を挙げて紹介してくれた前作「大研究 日本の道路120万キロ」の増補改訂版である。
 項目の新設、文章のリライト、コラムの差し替えと、各ページの下段に「道路のトリビア」なる日めくりカレンダー的な小ネタ集が追加され、全体としてエンターテーメント性が高まり、かつ、内容も必要に応じて更新されている。一応、目次を転載してみよう。項目名が変更されているものもあるが、増補改訂にあたり、項目ごと追加されたものには【新設】として、示させていただいた。
 序章 「道路」に感じる長年の疑問
1 国道の番号には、何か法則性はあるの?
2 車が通れない「国道」・・・酷道に込められた意味とは?
3 海の上には道路はないのに「国道」がある?
4 「国道1号」の終点は横浜から伊勢神宮を経て、今は大阪?
5 県道は2種類あるの?
6 林道や能動にある「公道ではない」の意味するところは?
7 道路標識に書かれている地名って、誰がどうやって決めているの?
8 トンネルの脇に、怪しい分かれ道がよくある気がする
 第1章「道路法」の道路
1 「道路」には名前と種類がある!
2 道路法の道路の全容と、その一生
3 国道
4 都道府県道
5 主要地方道
6 市町村道
7 高速自動車道
8 一般有料道路と都市高速道路
9 地域高規格道路 【新設】
10 自転車専用道路
 第2章「道路法」以外の道路
1 農林水産省や環境省も道路を造っている
2 林道
3 森林鉄道
4 農道
5 港湾や漁港の道路
6 公園道、都市計画道路
7 民間による有料道路(一般自動車道と専用自動車道)
8 私道と里道 「認定外」の道路たち
 第3章 道路法制の変遷
1 旧道路法制定以前 明治から大正まで
2 旧道路法の制定 大正~戦前
3 終戦後の道路政策と現行道路法の策定
 第4章 道路の構造物
1 橋
2 トンネル
3 道路標識の面白さ
4 道路付属物
5 道路構造令 【新設】
6 線形・・・運転しやすい道とそうでない道の差
7 踏切道と兼用工作物
8 積雪地の道路
 第5章 道路の深淵を知る
1 酷道
2 海上国道と渡船施設 【新設】
3 道路の通行止め
4 道路の地域色
5 道路の改良 【第4章からの移設】
6 道路整備と国の財政 【新設】
7 未成道とは何か
8 廃道という、道路の終着地
 私は、前作「大研究 日本の道路120万キロ」にもレビューを付させていただいているので、全体的な評価については、そのままあてはまるので、それを要約して再掲させていただくと・・・
 『私たちが、鉄道でも道路でもいい、こんなにすごい線路がある!、あるいは道路がある!、と言って、そこから喜びを感じ取るのは、そこに鉄道や道路がある必要性があって、様々な地勢学的、地理的、地形的条件と、建築工学、土木工学、そして法的環境が収れんした帰結として、そこに凄いものが生まれたことがわかる感性があるからだ。道路、鉄道が地形と戦って、姿を現すとき、産業、生活、歴史、社会環境といった多面的な要素と、政治的な手続き、技術的な制約を乗り越える過程を経ているのであり、だからこそ、そこに物語があって、その肉付きを含めて、一つの象徴として、道路や鉄道はそこに存する。だからこそ、面白く、美しいのである。だから、当書で中心的に述べられている法的事項というのは、いかに交通体系を整備するか、その目的と意図は何か、またそれを達成するため、道路に与えられる条件と合理的規格は何か、またそれらを維持・改善するため、必要な整備・改良はどのようなものかを収れんし、体系化したものなのである。道路における必要な規格は、それぞれの道路をとりまく事情に応じて、決定される。だから、完成した道路の姿は、その手順を逆算的にひもとくヒントに満ちていて、そのときの地域や社会の実情を反映している。私は古い地形図を集めるのも好きだ。これらの地形図には、様々な工作物や交通機関の線形が記録されていて、それらが様々な方法で「当時のこと」を静かに示していることに、無類のロマンを感じるからである。時には、その地形図が示す「今」の場所を訪問する。それはいつだって胸高まるテーマなのである。』
 と以上の様に、道路を面白いと深く感じるための背景について、網羅的にまとめてくれた一冊である。
 また、今回の増補改訂に伴って、各ページ(全ページではない)の下に横書きで追加された道路トリビアは、その筋の嗜好性のある人にとっては、おもわずニヤリとしてしまうネタが満載であり、平沼氏の道路愛が切々と伝わってくる部分でもある。この部分を読むためだけでも、本書を追加購入する価値は、十分にあるだろう。
 前作のレビューでも触れたが、本書を読んでいると、法制のような、いわゆる「お堅い」話題であっても、マイルドな語り口で、時にユーモアを交えて語られる平沼氏の文章は素晴らしい。人柄がにじみ出ているのだろう。
 一般に、創作活動を行っている人物の場合、「作品」が多くなると、「作品」が独り歩きし、周囲の人も「作品」のことばかり気に掛けるようになるのだが、平沼氏は、それに当てはまらない稀有な存在だ。彼の「作品」が、いずれも彼の生き方そのものと直結しているからだろう。(もちろん、主とする発表媒体であるウェブサイトの機能・性格に伴うという論点もあるだろう)。平沼氏は、すでにそのジャンルの第一人者としてそのステイタスを確立している、と私などは思っていて、おそらく間違いなくそうなのだが、彼の語り掛けは、いつも柔らかで、他の同好の士をはじめとする他者に、常にリスペクトをもって接しているのが、文体から伝わってくる。なかなかこういう風にはいかないものだ。そういった事柄すべてを含めて、私は彼のファンであり、今後もずっと応援し続けたいと思っている。本書は、専門的な切り口を持ちながらも、そんな氏の魅力に接することのできる一冊でもある。

はいどう1 桑佳あさ著

レビュー日:2023.11.14
★★★★★ マニアックなようでいて、現在の王道路線作品の一つ
 コミックキューン2023年5月号から連載開始された桑佳(くわよし)あさ原作、平沼義之監修の漫画。「はいどう」は「廃道」のこと。最近では廃道探索を楽しむ人が増えていると思う。本作を監修している平沼義之さんは、そんなブームの仕掛け人とも言える人物で、全国各地の廃道を紹介する彼のサイトは、たいへん有名だ。投稿日時点で、本アイテムに付せられたレビューを見ても、そちらを入り口に本書にたどり着いた人が多いみたいで、私もその一人。
 とはいえ、本書のみならず、最近では、一つの趣味世界を舞台として、「ストーリーがあるようなないような」といった感じで、ゆるっと進むような作風の漫画やアニメが、それなりに市場を開拓している背景があるので、そんな中で、こういう作品が登場してきたというのも、なかなか戦略性のある着眼が背景にあったようにも思える。また、「美少女と〇〇」というテーマ自体に、普遍的な需要があることは、もう、様々なメディアが立証してきたところだし、それらのツボを抑えた作品という点では、マニアックなようでいて、実は現在の王道路線なのかもしれない。
 本書で取り上げられているのは、舞台設定の都合上、首都圏近傍の廃道が中心。具体的にどこを取り上げているのかは、本書を読む人の楽しみだから、言及しないけれど、平沼さんだけでなく、桑佳さんも、こういうのが好きなんだな、と思うような描写にあふれているのが楽しい。また、各話ごとに、取り上げられた廃道について、平沼義之さんの解説が加えられているのも嬉しい。本書で取り上げられている対象が、平沼さんのサイトで網羅されているかまで、正直、私は思い出さないのだけれど、でも、明らかに思い出せるものもあって、その点でも楽しいし、それに、なにより、毎回、平沼さんが当該話中の「お気に入りのシーン」を一ヶ所取り上げて、言及してくれるのも楽しい。1話ごとに、あとがきが付いているなんていう体裁の本が、以前にもあったのかどうか。少なくとも、本書の特徴として挙げることは妥当だろう。
 ライトな画風も、廃道という言葉から持たれる先入観とのギャップを演出に組み込んだ作用があって、結果的に、よく効いていると思うし、なにより、話の進め方を含めて、作品としてまとまりよく仕上がっている。加えて、感覚的なわかりやすさが維持されている構図や組み立ても、私には好ましい。廃道の描写自体にも、書き手の気持ちがこもっていると感じられる。このまま、「ゆるっと」の感じで、今後も継続してほしいところである。
 なお、私も北海道で、廃道ではないけれど、廃線の探索をやっている人間だが、実際の趣味としては、多少はリスクを含むものであることは、当然のことである。現実にリスクがあってこそ面白い、というのもある。本作が、そこらへんまで描いてくれるのか、あるいは諸事情で難しいのかというのも踏まえて、じゃっかんの意地悪視点になってしまうかもしれないが、見守らせていただこう。


リラックマ検定公式ガイドブック リラックマ大図鑑

レビュー日:2019.8.8
★★★★★ 制作、出版いただき、ありがとうございます!
 私はリラックマが好きである。元は妻がリラックマ大好きで、リラックマストアやイベントに一緒に行っているうちに、すっかり気に入ってしまった。特に、あの楕円形のマズル(鼻と口を含む突起部分)が良い・・。・・私は、職場で電話応対をしているとき、しばしば無意識にメモ紙にリラックマのマズルの絵を描いている。
 リラックマで感心することがいろいろあるが、特にその戦略性の確かさ、すなわち世界観を曲げずに、発展させていくスタイルには、その感が強い。テーマデザインに基づく様々なグッズも、統一感があるし、かつデザインとして優れているものが多い。要は「良品」なのだ。また、リラックマとのコラボ企画などで発売される食品も、おおむねハズレがない。もちろん、デザイン込みで割高になっていることは否めないが、ユーザー側にとって、デザインから愉悦を得ることは、大事な付加価値を得るサービスなのだから、それで価格が上がること自体は、まったく問題ではないのである。
 そんな私は、たびたび、これまでのテーマを俯瞰したり、歴史を網羅できる資料があればいいのにな、と思っていたのだが、このたび発売された当アイテムは、そんな思いを満たせてくれる逸品だ。
 もちろん全頁カラー。相応しい装丁で、華やかなだけでなく、やはり思った通り、集約してみても、世界観、統一感があって、一つのアートブックとして、とてもしっくりくる内容になっている。様々なテーマに即して、リラックマたちの印象的な名言もまとまり、とても具合が良い。
 また、本書には連動企画があって、2019年12月1日に実施される「リラックマ検定」の参考書として、有用な実用書(笑)の側面も持っているのだ。本書の末尾には、模擬問題集があって、挑戦することが出来る。さすがに東京・大阪が本試験の会場とあっては、札幌在住の私たち夫婦には参加は難しいのだが、ちょっと遊び心でトライする楽しさもある(ちなみに、私の模擬試験の正答率は7割ちょっとくらいでした)。
 あと、できればという提案として、今後は、関連商品や、ストア、リラックマ茶房の紹介なども含めて、もちろん新規のテーマも追加して、より内容の充実した「第2版」以降もリリースしていただければ、とこれは私の希望です。もちろん、その分、お値段が高くなっても(個人的には)まったくかまいません。買います!
 最後に、目次を転載します(数字はページ数)。Chapter 2のテーマデザインは年代順にソートされていて、思い出とのリンクもあって、とても楽しいです。
 Chapter 1 どこよりもくわしいキャラクター紹介
リラックマ  6
コリラックマ  8
キイロイトリ  10
チャイロコグマ  12
 Chapter 2 テーマデザイン総まくり
リラックマ登場  15
コリラックマ登場  16
リラックマのひとりごと/アップデザイン  17
キイロイトリが主役  18
ミュージックリラックマ  19
フォトリラックマ  20
おやすみテーマ  21
リラックマスタンダード  22
3周年アニバーサリー  23
コリラックマのヤンチャな毎日  24
花マルテーマ  25
リラックマカフェ  26
スローライフリラックマ/フルーツ  27
お外でごろん  28
5周年アニバーサリー  30
ハートテーマ  31
リラックマ温泉  32
イチゴテーマ  34
フェイステーマ/ローズテーマ  35
和リラックマ  36
お空でリラックス  37
夜ふかしテーマ  38
スイーツテーマ  40
ボンジュールリラックマ  41
カラーバリエーション/More Relax by Rilakkuma  43
7周年ハッピーレインボー  44
森のリラックマ  45
いちご大好き!コリラックマうさぎ  47
ハニー&スマイル  48
北欧リラックマ  49
I love リラックマ  50
チョコレート&コーヒー  52
Sweets&Sweets  53
ハッピーピクニック  54
ハート?バスタイム  55
たまごテーマ  56
うさぎとあそぼ  58
リラックマ・リラックマ  60
マリンテーマ/My Only Rilakkuma  61
アロハリラックマ  62
10周年リラックマワンダーランド  64
ハッピーナチュラルタイム  66
ハートがいっぱい  67
リラックマーケット  68
しましまエブリディ  69
キイロイトリいっぱい/Sweet Happy Rilakkuma  70
リラックマファクトリー  71
宇宙でだららん  72
ファニーパーツ  74
のんびりネコ  75
パリのいちご  77
フレッシュレモン  78
リラックマの夏休み  79
パンダでごろん  80
そのままリラックマ  81
リラックマのかくれんぼ/ストロベリーフラワー  82
もっと♪のんびりネコ  83
コリラックマのみんないちごになぁれ  84
コリラックマと新しいお友達  85
デニムリラックマ/モノクロリラックマ  87
だららっこ  88
リラックマ茶屋  89
ゆるっと毎日リラックマ  91
てぶくろをとどけに  93
コリラックマのふんわりかわいい夢  94
桜リラックマ  96
リラックマベーカリー  97
キイロイトリダイアリー  98
Happy life with Rilakkuma  100
リラックマカジュアル  101
はちみつの森の収穫祭  102
コリラックマキャット  103
15周年アニバーサリー/ストロベリーパーティー  104
SLEEPY RILAKKUMA  106
コリラックマバケーション  107
リラックマはきぐるみなんです  108
リラックマデリ  109
不思議の国のリラックマ  110
パジャマパーティー  111
ぷちぷちリラックマ  112
お花畑の小さな子ウサギ  113
コリラックマとチャイロコグマのハッピーアイスクリーム  115
キイロイトリマフィンカフェ  116
 Chapter 3 ピックアップコンテンツ
コリラックマ meets チャイロコグマ  118
開運シリーズ・幸せをよぶキイロイトリ仙人  120
開運シリーズ・福よこいこい!幸せのリラックマ  121
いつでもいっしょリラックマ  122
リラックマスタイル  124
リラックマの12星座  126
リラックマだららんヒストリー  127
 Chapter 4 リラックマ検定模擬問題集
リラックマ検定模擬問題 全46問  130
リラックマ検定模擬問題 解答  140

サンエックス90周年 みんなの生まれたところの話 うちのコたちの大図鑑 たれぱんだ・リラックマ・すみっコぐらし

レビュー日:2022.11.4
★★★★★ 「歴史90年」、「オリジナル・デザイン数1000シリーズ」には正直びっくり
 「サンエックス」は、「リラックマ」「すみっコぐらし」に代表されるキャラクター開発と関連商品の製作・販売を手掛ける企業の名前。私の場合、「リラックマ」が大好きなこともあって、サンエックス商品には、すっかりお馴染みだ。
 そんな私でも、サンエックスが「90周年」を迎える、と聞いた時には、ずいぶん驚いたものだ。「え?そんなに長い歴史のある会社だったの?」と。調べてみると設立は1941年(第二次世界大戦中!)であり、その前身である文具を取り扱う「チダ・ハンドラー」の創業までさかのぼると、1932年となり、そこから数えて90周年となるとのこと。この「歴史」の長さには、正直、驚いた。ちなみに「サンエックス」という現在の社名は1973年以降とのこと。
 というわけで、サンエックスは業界中でも「老舗」なのだ。比較に挙げるのも何だが、例えば、サンリオ(1960年創立)よりはるかに歴史が深いのだ。
 投稿日現在、90周年を記念して、「サンエックス90周年 うちのコたちの大展覧会」という催しが、全国をめぐる形で開催されている。私は、妻と札幌会場で開催されたその展覧会に行ってみた。・・・ちなみに、札幌では、JR札幌駅直結の大型商業施設の閉鎖に伴い、道内唯一の「リラックマストア」がこの9月いっぱいで惜しまれながらも閉店し、私を含むファンの多くは悲しみに打ちひしがれていたので、それを癒すという意味でも、よいタイミングのイベントであったと思う。展覧会のタイトルにある「うちのコ」という表現は、もちろん「サンエックスが生み出した」という意味であるけれど、同時に訪れるファンにとっては、それぞれが「うちのコ」と呼びたくなるような、愛着のあるキャラクターがいるはず。そんな主客それぞれに2通りの解釈のできるタイトルも、なかなか良いですね。
 さて、その展覧会、会場のディスプレイの工夫も楽しかったが、展示物も興味深いものが多かった。さすがに90周年といっても、対象となっているのは、90年代以降のもの、というイメージで、さすがに戦中戦後の文具のようなものまで手を広げたものではなかったが、それでも、数々のキャラクターの企画段階での資料や、ターニングポイントとなったデザインやテーマに係るグッズや絵柄が並んだ会場はとても楽しく、私も時がたつのを忘れるように見入ったのである。
 会場では、当然の如くグッズ販売も行われていたのだが、そこで当書籍「サンエックス90周年 みんなの生まれたところの話 うちのコたちの大図鑑 たれぱんだ・リラックマ・すみっコぐらし」も販売されていて、会場でサンプラーの中身をパラパラと見た私は、すぐに「これは欲しい」と思い、購入したのである。
 内容は、展覧会の展示内容を冊子に詰め込んだもの、と思ってよく、やはり90年代以降のことが中心。様々なキャラクターの設定資料や、原案から辿るデザインが洗練されていく過程、あるいは、ターニングポイント、もしくはモニュメンタルと言っても良い、多くのファンが共有する重要なカットやキャラクターのセリフなどが、フルカラーで、どさっとまとめられたもの。当書籍に書いてあったのだが、サンエックスがデザインしたオリジナル・キャラクターは1000点を越えるとのことで、これまた私は驚いた。この数字は、例えば「リラックマ」と「コリラックマ」を別にカウントしたものではなく、単位をつけるとすれば1000「シリーズ」、つまり「リラックマ・シリーズ」「すみっコぐらしシリーズ」などをそれぞれ「1」とカウントした際に、生み出されたオリジナル・キャラクターの総計とのことである。おそらく、その中には、かなり使用機会の限定された知る人ぞ知るレベルのものも含まれるのだろうけれど、歴史の長さといい、驚くべき豊かさである。
 私も、いままでは、単にリラックマが好きで、その製作元がサンエックスだ、というくらいの認識しかなかったのであるが、この展覧会を通じて、大いに認識を改めたところ。この感慨を一つにまとめてくれている本書は、趣味性を極めた網羅性を持っていると思うし、さすがに各ページがきれいにデザインされていて、アートブックと呼んでも差しさわりの無い仕上がりとなっている。ファンであれば、ぜひとも一冊手元に置いておきたいものにちがいないでしょう。

旭川営林局史(1960)

レビュー日:2019.5.16
★★★★★ 林業全盛期の貴重な記録
 1960年に刊行された旭川営林局史。北海道の拓殖の時代と並行して進められた森林開発と管理についてまとめられた資料であり、当時の森林資材の有用性を背景とした大規模な組織と事業の全貌がイメージされる。
 この資料の対象となった期間は、北海道の開拓・拓殖の時期と重なっており、交通体系の発達とともに、いちはやく周囲の森林資材の管理・運用が行われて、組織化されていった過程がわかる。
 もちろん、本書は、現在としての価値は「資料」としてのものなので、本書の網羅的に情報がぜひ必要だというような実用性は高くないだろう。
 私の場合、趣味の領域でこの本を入手した。具体的には、旭川営林局が管轄した営林署の多くが敷設した森林鉄道に関する情報がほしかったのである。ただ、その点では、情報量は多くはなかった。森林鉄道は、法体系上、森林法に定める「林道」の一種として扱われ、鉄道法の規定がかかわらないこともあって、まとまった情報は少ないことが多い。また当書でも、林道と連続的に記載されることが多く、鉄道、自動車道の区別がないわけではないが、重視されているとは言えない。しかし、概して、北海道内では、森林鉄道に関して残された情報は少なく、路線網の全貌を解き明かすことは今後も困難であると思われ、投稿日現在でも、中越、本別、上ノ国など「森林鉄道があったと言われている」レベルの扱いにとどまる存在さえあるくらい。なので、本書の情報さえ、少ないとはいえ、貴重である。
 本書がもたらす情報のうち、特に私が興味深く感じたのは、その線形が現在でも解き明かされているとまでは言えない層雲峡森林鉄道に関するものである。そこには、木材の搬送量の問題で、層雲峡森林鉄道撤去後の道床を、林道に転換し、国道と並行するように林道が存在することとなったという記述がある。加えて16万5千分の1の縮尺で「層雲峡区内自動車道現況図」が付されており、そこには石北線上川駅の貯木場まで、国道や石狩川と沿うように書かれた「層雲峡自動車道」があり、精度が低いものの、これが層雲峡森林鉄道の線形のおおよそを示すものであるとわかる。また、道路転用化にあたって層雲峡隧道が建設されたこと、北見峠を越えていた温根湯森林鉄道が、層雲峡の風倒木処理に活躍したことなどもわかる。
 そのような点で、私のような趣味の人間には、興味深い記載が多く、価値をもたらしてくれる一冊だった。また巻末には、およそ80ページからなる「写真集」が添えられていて、写真に関する説明が不足するきらいはあるが、当時の森林、関連施設、鉄道や道路、景勝地などの様子がわかるのもとてもありがたい。中でも、層雲峡の壮大な柱状節理の下、風倒木を満載した大型トラックが数珠つなぎになっている写真は圧巻である。
 最後に、本書の内容紹介と代替して、目次を転載させていただこう。以下、行末の数字は頁を示す。
A 旭川営林局の創設
1. 総説
2. 開局以前の森林経営
 (1) 国有林の沿革(開道前の山林、開道後の山林の異動と管理の概要) 1
 (2) 御料林の沿革(御料林の設定と管理の概要、御料林経営の概要) 11
3. 開局以後の森林経営
 (1) 林政統一(御料林の移管、北海道国有林の移管) 15
 (2) 森林経営の概況 18
4. 鉄道の発達と木材輸送(管内図)
B 管内の森林とその環境
1. 分布 23
2. 地勢および気象 25
3. 地積および人口 26
C 管理機構の変遷
1. 開局以前の機構 27
 (1) 国有林の機構の変遷
 (2) 御料林の機構の変遷
2. 開局後の機構の変遷 33
D 管理業務
1. 森林の保護 37
 (1) 北海道庁開設以前
 (2) 北海道庁開設以後(山火の予防、森林愛護組合)
2. 極印 42
3. 司法警察員精度 43
4. 森林被害 44
 (1) 山火の被害
 (2) 火山の被害
E 公益と地元山村のための対策
1. 公益と文化のための施設 55
 (1) 保安林
 (2) 国立公園
 (3) 道立公園
2. 地元産業経済のための対策 68
 (1) 開局以前(森林造成に関する諸方針、林業と関係拓殖事業) 62
 (2) 開局以後(部分林、委託林と共用林野、貸付使用、未墾地等の提供、国有林野整備、新市町村建設促進法による売払処分、地元に対する用薪材等の売払、市町村交付金)
 (3) 林業税の変遷 76
F 管内国有林の経営
1. 経営計画の変遷
 (1) 開局以前(開拓諸計画と営林計画との概要、御料林百年計画と営林計画との概要) 79
 (2) 開局以後(国有林の現況、国有林の経営計画) 83
 (3) 経営案(施業案)統計 100
 (4) 林業試験 105
 (5) 国有林の経営合理化 106
2. 境界調査 113
 (1) 境界査定
 (2) 境界測量
 (3) 境界標の改設および維持
 (4) 航空写真図化
 (5) 境界簿測量簿基本図
3. 林産物の販売 119
 (1) 開局前
 (2) 開局後(販売業務の推移、販売業務の実績) 122
 (3) 産物売払規程の変遷 153
 (4) 木材規格の推移 154
 (5) 管内の木材工業 156
 (6) 今後の方針 160
4. 直営生産事業 162
 (1) 事業の推移(開局以前の事業概況、開局以降の事業概要)
 (2) 組織及び労務 165
 (3) 生産工程の系列 169
 (4) 事業の実行状況 177
 (5) 今後の方針 179
5. 林道事業 183
 (1) 林道事業の概要と推移
 (2) 林道事業の実績
 (3) 主要なる林道工事
 (4) 林道事業の実行状況
 (5) 今後の方針
6. 造林事業 207
 (1) 林政統一以前の造林事業
 (2) 開局以降の造林事業実績(造林事業、公有林野等官行造林事業、森林保護、種苗事業、育種事業)
 (3) 今後の方針
7. 治山事業 227
 (1) 治山事業の概要
 (2) 治山事業の実績(山地治山施設、災害防止林造成)
 (3) 今後の方針
8. 北海道風害対策(昭和29年台風) 240
 (1) 台風の発生と一般被害状況
 (2) 森林被害(全道の森林被害、旭川営林局管内の被害)
 (3) 対策
 (4) 風倒木処理計画とその経過
9. 輸送販売事業 266
 (1) 戦災復興用輸送販売事業
 (2) 風倒木処理輸送販売事業(概要、輸送と販売、水中貯材)
10. 事業の機械化 273
 (1) 直営生産事業用機械
 (2) 土木事業用機械
 (3) 治山事業用機械
 (4) 造林事業用機械
 (5) 管理用機械
G. 旭川営林局の経理 283
H. 内部監査制度 288
1. 照査課の設置とその目的 288
2. 監査制度の確立と実施状況 290
3. 能率調査 294
4. 統計調査 298
5. 外部検査の動向 299
I. 管内国有林の照会 303
1. 森林 303
2. 景勝地 307
J. 文化厚生 310
1. 労務管理 310
 (1) 職員(制度、官名、職員数、給与体系の変遷)
 (2) 作業員(制度、職種、作業員数、賃金の変遷)
 (3) 職員団体の変遷
2. 福利厚生 330
 (1) 公務災害補償
 (2) 退職手当
 (3) 恩給制度
 (4) 共済組合
 (5) 社会保健関係
 (6) 表彰
 (7) 服制
3. 施設 338
 (1) 庁舎および担当区事業所
 (2) 公務員宿舎
 (3) 労務厚生施設
 (4) レクリエーション関係
K. 管内民有林の概況 343
1. 民有林とその管理機構との変遷 343
2. 民有林の所有形態 345
3. 森林組合 346
4. 民有林施業の現況 348
L. 管内地方機関 353
1. 稚内営林署 353
 (1) 管理の変遷(沿革、署および担当区事業所の名称・位置・所轄区域、歴代署長および職員数の推移、林内農耕地および林野整備・林野売払、事業施設の概要、災害)
 (2) 森林の概況(位置・地勢・希少、地況および林況) 356
 (3) 施業成績(経営推移の概要、開局以降の業績) 357 (目次は各署共通)
2. 天塩営林署 360
3. 中頓別営林署 368
4. 枝幸営林署 375
5. 名寄営林署 382
6. 下川営林署 389
7. 一の橋営林署 397
8. 士別営林署 406
9. 朝日営林署 413
10. 旭川営林署 421
11. 上川営林署 429
12. 神楽営林署 437
13. 富良野営林署 445
14. 金山営林署 453
15. 幾寅営林署 459
16. 深川営林署 469
17. 幌加内営林署 475
18. 留萠営林署 481
19. 達布営林署 488
20. 古丹別営林署 494
21. 羽幌営林署
付表
1. 歴代旭川営林局首脳部 509
2. 年表(法規を含む) 511

札幌の建築探訪 角 幸博 著

レビュー日:2021.4.23
★★★★★ 地域が残すべきものとは
 「札幌の歴史は短い」。これはよく聞くフレーズだ。1869年に明治政府によって開拓使が置かれ、以降20世紀にかけて、世界でも類例のない急速な開発、拓殖を経て、現在では人口197万人の都市となっている。短期間で、劇的な移民と開発が行われたゆえに、歴史は短いわけだ。
 それでは、札幌の街並みを歩くとどうだろうか。確かに碁盤の目を貴重とした都市区画には、計画性が感じられるし、実際、札幌は民ではなく、公の力で作られた性格をもっている。しかし、その急激な成長ゆえに、その劇的な拡張期に生まれ、そのまま残り続けたものがあって、その街並みは不思議な雰囲気を宿している。札幌は、世界の100万都市の中で、もっとも降雪量の多い都市だ。そのような気候の土地を開発するにあたって、明治政府は国外の技術も積極的に引用した。本州以南の人が札幌を訪問した時によく「異国情緒」を感じるという。その感慨は、前述の背景がもたらすものにほかならない。そして、この町を歩いていると、不意に昭和期以前の雰囲気をそのまま残しているような建築物に巡り合う。中には、ある程度注意して見ていないと、気づかないようなものもあるのだけれど、気づき始めると面白いものがたくさん出てくる。こういう建築物をまとめた案内本があればいいのにな、と思っていたのだが、当書籍が登場して、絶好のものとなった。以下、3項目にわけて取り上げられている建築物を列挙させていただこう。
【札幌の建築探訪】
時計台・札幌市郷土博物館/道立文書館文館/NTT北海道支社ビル/北海道庁本庁舎/北海道大学農学部付属博物館旧本館/バチェラー記念館/宮部金吾記念館/富樫宅・蔵/知事公館/札幌市資料館/三誠ビル/永井宅/上野所有ビル/かさはら楽器店/丸井今井デパート一条館/丸井今井一条館西ビル/秋野総本店薬局・蔵/王子製紙(株)所有建物/タケヤ刷子2号倉庫/ホクレン備蓄倉庫/日本基督教団札幌教会/福山石油ビル/サッポロファクトリーレンガ館/旧永山武四郎邸/札幌カトリック司教座教会堂講堂/土屋宅/北海道神宮頓宮/喫茶GOOD HOUR/天野宅・蔵/豊水小学校大典記念文庫/成田山札幌別院新栄寺/玉宝寺本堂/きょうど料理杉ノ目/遠藤宅/茶房あさの/札幌祖霊神社/三浦印刷/真宗大谷派札幌別院本堂/豊平館/発窓庵(旧舎那院忘筌)/札幌市冬のスポーツ博物館/住友金属鉱山北泉荘/鮫島宅亭/南里宅/杉野目宅/日本福音りーてる札幌教会/戸部農園店舗兼住宅/栗谷川宅/宮本宅/前宅/新沼宅/伏見稲荷神社/札幌市水道記念館/北星学園創立百周年記念館/大原宅/北海道神宮直心亭/新山宅/北海道拓殖銀行旧本店/工藤宅/ストロベリー・フィールド/川上宅/高倉宅/偕楽園水木浄清華亭/北海道大学正門/放送大学北海道地域学習センター/北海道大学農学部本館/北海道大学理学部本部/北大第二農場産室・追込所及び耕馬舎/越智宅/札幌藤学園キノルド記念館/北海道建築工房/諏訪神社社務所/りんゆう観光こまくさ寮・蔵/北海湯/高城商店/サッポロビール(株)開拓使麦酒記念館/曹洞宗大覚寺本堂/苗穂小学校記念館/JR苗穂駅/JR苗穂工場北海道鉄道技術館/福山醸造/陸上自衛隊北部方面隊北海道地区補給処苗穂支処倉庫/水島家所有倉庫/レンガの館/琴似屯田兵屋/琴似神社/三谷牧場洋館/近藤牧場木造サイロ/新琴似屯田兵中隊本部/篠路駅周辺の倉庫群/ひばりが丘団地内の石造サイロ/旧出納邸/恵庭荘/森安ミシン商会/点心飲茶吉屋/北海学園旧北駕文庫書庫/平岸天神太鼓道場/沢田珈琲店/相馬神社本殿/つきさっぷ郷土資料館/八紘学園栗林記念館/ろいず珈琲館/札幌市水道局西岡水源池取水塔/高倉家サイロ/農林水産省北海道農業試験場旧事務所/中井家農業施設/エドウィン・ダン記念館/陸上自衛隊第11師団真駒内駐屯地就職援護センター・サイロ/有島武郎旧邸/ふせ食品/石山商工組合/ぽすとかん/旧黒岩家住宅(旧簾舞通通行屋)/北大空沼小屋/ヘルヴェチア・ヒュッテ
【失われた建物】
北海道鉄道管理局/国鉄札幌駅/五番館/札幌鉄道集会所/北海タイムス/札幌中央郵便局/札幌電信電話局/札幌市立中央創成小学校/札幌市役所/札幌消防本部・大望楼/古谷商店/日本基督教会札幌北一条教会/北光教会/日本独立基督教会/札幌市立病院/札幌中央警察署/たくぎん北一条倶楽部/東辰病院/日通倉庫/札幌鉄道局宿舎群/灰野宅/北海道銀行円山クラブ/日本清酒株式会社酒蔵/日本通運クラブ/日本ハリストス正教会札幌顕栄聖堂/北海道教育大学札幌分校/北海道札幌南高等学校史料館/北大円形官舎/太黒病院/北海道大学工学部/聖フランシスコ修道院本館/北海道農業試験場旧庁舎
【北海道開拓の村の建物たち】
旧札幌警察署南一条巡査派出所/旧開拓使工業局庁舎/旧有島家住宅/旧樋口家農家住宅/旧福士家住宅/旧北海中学校校舎/旧信濃神社本殿/旧小川家酪農畜舎/旧山本理髪店/旧松橋家住宅/旧札幌拓殖倉庫/旧龍雲寺/旧山田家養蚕板倉/旧札幌農学校寄宿舎(恵迪寮)/旧開拓使爾志通洋造家(白官舎)/旧差大入り市販学校武道場
 【札幌の建築探訪】に取り上げられた建築物群が、いま街並みを歩いて目にすることのできるものだけれど、札幌市民でも、このうちどれくらいを知っているだろうか。私でも40個ぐらい。これでもたぶん「知っている方」だと思うのだけれど。。。というわけで、これほど、改めて知るきっかけを提供してくれるものはない。本書では、それぞれの建築物の写真(現存するものはカラー)、そして、旧名称、所在地、建築年、構造、設計者、施工者、文化財等指定の有無が列挙され、かつ付近の様子や沿革について簡単にまとめられている。パラパラめくってみているだけでも楽しいし、実際に足を運んでみるのももちろん楽しい。中には「こんな場所にこんな建築物があったのか!」と驚かされるものもあるだろう。もちろん、現役の建物や私物も含まれているので、訪問時のマナーには注意だが、街歩きを格段に楽しくさせてくれる情報に違いない。そして、周囲の地史にも、あらためて興味が湧いてくる。
 こうしてみると、歴史の浅い札幌は、それゆえに、ある時期の特徴的な建物が残っている町だ、ということも出来るだろう。それにしても由来のある建物が残っているというのはいいことだ。郷土愛にもつながるし、訪問者がかの地へより深い興味を抱く切っ掛けにもなる。なお、取り上げられたものの中で「苗穂駅」は残念ながら新築移転して取り壊されてしあった。構内にあった蒸気機関車時代を偲ばせる扇形庫も失われたのは、実に残念なこと。北海道では、様々な鉄道線が廃止されているが、せめて代表的な駅舎は、保存を検討してほしいと思う。現在ではクラウドファンディングで資金を募ることも可能だ。札沼線の新十津川駅、下徳富駅、札比内駅、日高線の浦河駅、本桐駅など、鉄道文化を象徴する駅舎だと思うし、適切な形で保存すれば、きっと多くの旅人が、そこを訪れて、地域を知り、地域と交流するきっかけとなってくれるだろう。

北海道建築物大図鑑 本久公洋著

レビュー日:2021.5.10
★★★★★ 網羅性に脱帽。図鑑の名にふさわしい充実の一冊
 生まれた時から北海道に住んでいて、本州以南に旅行に行くと、その街並みがまったく異なっていることを肌身で感じることになる。これは、当然の事ながら、立場が逆転すれば、北海道の街並みに異質感を感じることとなる。よく言われる「北海道に異国情緒を感じる」とは、それを総括した感慨である。
 これは、北海道の開発開拓が、比較的短期間に行われたこと。その際、気候条件等を鑑み、西洋のモダニズム建築のノウハウが様々に応用されたこと、また北海道において、煉瓦の製造が盛んであったことなど、様々な要因が重なって起こったことである。
 私は長い事北海道に住み、各地を旅してきたのだが、思わぬところで思わぬ建築物を目にし、不思議な感慨とともにしばし立ち尽くすような経験を子供の頃から味わってきた。例えば、道北の中頓別町の小頓別という集落に、和洋折衷の、とても不思議な魅力をまとった建築物が忽然とある。(それは、出会った側の立場からすると、まさに「忽然」といった感じなのだ)。これは1914年に建築されたかつての丹波屋旅館で、天北線が小頓別駅まで開業したのに合わせて操業を開始したという。かつて、付近では金の算出がさかんであった。加えて、小頓別駅からは歌登まで殖民軌道が敷設され、当該地には交通の要衝としての役割もあった。いまとなっては、そのような付帯条件がすべてはぎとられて、小集落の中というだけの立地条件しかないので、不思議な雰囲気を醸し出している。
 北海道では、開発・開拓が急激に行われた一方で、その後の石炭産業、林業、ニシン漁などの産業が、急激に衰退したという近代史を持ち合わせており、そのため、各所にその急峻な歴史の流れの中で建築された様々な建築物が残っていることになる。
 私は、かねがね、これらを集約した辞典兼図鑑のような書物があればいいのにな、と思っていたのだが、こちらの思うはるか上のレベルでまとめてくれたのが当書籍だ。なんと570ページを超える分量にフルカラーの写真を掲載。対象となっている建築物は、「国指定重要文化財」「国登録有形文化財」「北海道指定有形文化財」「各市町村指定有形文化財」「各市の条例で定めた指定建築物」のほか、各市町村へのアンケート調査や、地域への聞き込み取材により回答を得られたシンボル的建築物等となっており、その網羅性が素晴らしい。各建築物は、その重要度等に応じて、紙面の割き方を変えながらも、文化財分類、所在地、構造・規模、竣工年等のデータとともに、美しい写真が紹介されており、感服の内容。建物の作りだけでなく、本州以南に比べて、神社・仏閣等が少なく、工場、倉庫、炭鉱関連施設、駅逓所跡等の産業遺産が多いのも特徴だろう。
 ちょっと空いた時間にパラパラとめくってみるのも楽しい。こうしてパラパラと見ていると、北海道特有の風土が滲みだしてくるような気にさせられる。実に洒落た一冊だ。
 写真点数2800枚超、掲載軒数800棟以上。ヴォリューム十分。ぜひ手元に置いておきたい一冊です。

風害8,000万石 北海道森林風害記録写真 林野庁(1957)

レビュー日:2021.8.26
★★★★★ 洞爺丸台風に伴う甚大な風害とその復旧に係る記録写真集
 1954年9月に北海道を襲った台風15号は、青函連絡船洞爺丸の転覆や岩内大火をはじめとする甚大なる被害をもたらした。死者不明者の総数は1,700名を超える未曽有の大災害となった。また、この台風がもたらした風害は深刻で、上川営林署管内だけで2200万石、そのうち層雲峡経営区に至っては年間伐出量の54年分にあたる、1840万石の被害があったとされる。これは当該地区の国有林の87%に相当するものであった。
 本書は、北海道中の風害と、風害にあった木材を、総合計画に基づいて4年を費やし、撤去搬出した模様を収めた写真集である。写真はすべて白黒ながら、当時の被害の甚大さ、撤去にかかわる作業量の膨大さを示したものであり、貴重な記録であることは間違いない。本書の内容を以下に転載する。
1.森林風害図
2.台風被害状況
 一般被害(船舶の被害/家屋の被害)
 森林被害(石狩川源流地区/樽前山麓地区/金山・幾寅地区/滝の上地区/音更地区/その他地区の被害/造林地の被害)
 特殊林の被害
 被害の形態(風折/根返り)
 森林施設の被害(建物の被害/鉄道、軌道の被害/林道の被害)
3.現地調査
 収穫調査
4.生産事業
(伐木/木直し/集材/鉄索運搬/山土場/運材/駅土場/一次整理隊/林道の開作状況)
5.輸送販売と水中貯材
(各埠頭の全貌/輸送事業所/貨車卸作業/港頭土場巻立/輸販材の撰別/水落し/筏組み/繁留貯材/本船へ曳航/船積作業/荷揚地作業/貯材/製材/利用/水中貯材)
6.虫害防除と山火警防
(害虫被害/薬剤空中散布/薬剤地上散布/オスモースイル防除/山火警防/入林取締り/通信施設/広報宣伝)
7.風害地の造林と治山
(地ごしらえ/治山治水/治山施設)
8.編集後記
 風折した樹木は、放置すれば腐敗し、山野を荒らすだけでなく、水害等を契機に甚大な災害を誘発する原因ともなる。一方で、腐敗前に撤去すれば、木材として利用可能であり、販売することが可能である。そのため、4年間に及んで、甚大な労力が投入されたことになる。また、それらの木材が一斉に市場に供給されることも、木材単価の変化に伴う経済の不安定化を招くため、併せて貯材(本書で水中貯材の模様が紹介されている)についても検討、実施された。これらの木材は道内消費分を除けば、最終的には、小樽、室蘭、留萌、釧路の道内4港から大量消費地である本州に向けて、計画的に出荷されることとなった。また、この風害を機に、治山治水の水準があがり、関連する土木建築等による整備がすすめられた。それらの経過は、林業、林産、治山治水、土木、経済など、様々な視点で興味深い。
 ただ、本書は写真集であり、文字数字的な意味での資料的側面では、きわめて限定的な情報しかない。ただ、当然の事ながら、視覚的に訴えるものは大きく、圧巻の作業写真群が示されている。層雲峡の巨大な柱状節理の絶壁の下、木材を満載したトラックが数珠つなぎに疾走する写真は、その象徴であろう。
 個人的に、1947年から52年まで運用された層雲峡森林鉄道の痕跡のようなものが示される写真がどこかにないかな、と思ったのであるが、「運材」のページの「上川営林署(層雲峡第一事業所)」とだけ示された写真で軌道が運用されているのが確認できた。ただ、この時点では、層雲峡森林鉄道はすでに記録上廃止となっているので、一過性の仮軌道かもしれない。その正体に関する説明は一切ない。森林鉄道に関しては、留辺蘂駅を起点とした温根湯森林鉄道が、運材に活躍している写真等が掲載されている。
 治山、林道整備等が進む契機となった大災害であり、その復旧の記録を記した貴重な書である。ところで、現在では、国内の林業は、外国からの輸入材に押されて、その市場規模を著しく減じており、林道整備等も当時と比べて、大きく衰退している。市場価値の低下から、整備の放置された地区も増えているが、災害への耐性としてはひそかに脆弱化が進行していると考えられる。気候変動と呼んでいいのか私にはわからないが、多雨にさらされて被害が出る機会は増える傾向にあって、いまいちど、そのことに思いを馳せさせられる一冊でもある。

東北海道の林業 100年の回顧と展望 (1969年)  帯広営林局

レビュー日:2022.4.1
★★★★★ 林業視点で俯瞰する1969年までの100年史
 1969年(昭和44年)3月に、帯広営林局が企画・発行した書。重厚な作りをした一冊。北海道開拓以来の道東の林業の歴史を、帯広営林局管轄域中心に記載している。全部を読んだわけではないが、単なる林業の歴史というだけでなく、当時をとりまく社会、情勢の大きな変化が林業という象徴的な視点で記録されていて、たいへん興味深い。内容は多岐にわたっているが、目次を転載することで、ほぼ紹介することになるだろうと思う。数字はページ数をあらわす。
写真ページ 東北海道の自然 <自然美/鳥と動物の息吹き/林をつくる/林と人々の生活>  13
 第1編 道東の自然と産業
地形と地質  樺太に連なる中軸部と千島列島に連なる東部で成立  30
気象  夏の海霧、冬の流氷が代表する厳しさ  39
森林風物詩  自然と人間の争いが壮大に展開する道東地区  44
動物たち  複雑な環境に夜興味深い分布と生息  58
開発の沿革  日本経済ホープへ発展するあゆみ  62
産業経済の概況  第1次産業とその生産物加工業  70
都市  農業へのサービス中心、発達に独自性も  73
交通  発展へ鉄道・道路・港湾の拡充を推進  74
商業  帯広、釧路を2大中心にネットワーク  76
漁業  多い小型漁船、就業者の多数は沿海漁業  79
鉱工業  第1次産業生産物の加工業、明治末から発展  84
観光  多数の自然公園、急増した観光客  93
農業  日本における随一の大規模農業経営を推進  94
 第2編 道東林業の足跡
 第1章 明治から第一次世界大戦まで  111
創生期  明治への序章  112
序説  拓殖下での乱伐と保全策の生成  116
林政の改革  道庁管理体制と林野制度の確立  118
木材利用の沿革  障害物排除から鉱業資本による濫伐へ  124
利用の変遷と特色  官、民需要ぼっ興、開発促進に貢献  130
林産工業の歴史  民業侵攻に助力、工場設立漸増  132
素材生産業者の形成  資本家と専属請負人、カンによる承認資本的造材業  135
国土保全と保安林設定の沿革  開拓当初から取締り、明治30年初の保安林法令  136
山火  予防体制の咆哮へ、森林防火組合の設置  139
森林資源の推移  国有林面積は漸減、山林証左条例で官林種別区分  141
測定業務の推移  境界踏査測定に精度、標識を整備  146
施業計画の沿革  開拓行政から施業案樹立へ、調査測定作業に難渋  146
造林の沿革  開拓荒廃地植栽から計画造林へ  151
造林地被害と防除  野鼠、昆虫被害急増、防除方法の究明活発  156
開道後の育苗事情  造林進展にともない苗ほの設置増加  157
森林調査の経過  林政史上に輝く林種別調査と整備綱領  159
林業と農業  開拓途上の伐木開墾、土地払下、防風林など配慮  162
畜産と林業  牧野に官林貸渡牛馬豚の飼育盛ん  163
森林と漁業  森林の荒廃で薄漁、魚つき保安林で漁場保護  164
林業試験  明治41年北海道庁野幌林業試験場設立  166
林業労働  木材業の進展により労働者確保も活発化  166
鳥獣保護、狩猟  狩猟法の交付で鳥獣の維持増殖  167
 第2章 第一次世界大戦から第二次世界大戦終戦まで  169
序説  戦乱期の混とん  170
林政の改革  木材統制法など戦時下に拘束強まる  172
木材利用の沿革  経済変動を反映して激変  176
林道と奥地開発の進展  開発に森林鉄道、林道は冬季雪上搬出路  178
官行斫伐事業の沿革  事業遂行に森林鉄道建設  184
木材の利用  戦時下に杭木需要急増  188
製材工場  波乱の時代に低迷つづく  190
パルプ工業の消長  合併つづく、安価な樺太材を求める  191
合板工業  苦心の接着技術  192
木材防腐工場  釧路に初の民営工場  194
製炭事業  東京、関東へ大量移出  194
需要の推移と流通  統制経済下に増減浮動  195
伐木集材作業  人力作業に依存  199
養苗事業の推移  苗は拡大、多用樹種の養成  205
造林施策  大戦悪化までトドマツ・カラマツを主に造林熱向上  209
造林地被害と切除  対策に関心と研究調査始まる  228
森林調査の経過  基準となった森林三角点の測設  232
施業案編成と指導、編成一巡と検訂  234
林業と農業  国有林への林内移民開始、幹線防風林の整備  240
畜産と林業  馬政計画に放牧・採草・国有林牧野・試験地提供  241
森林と漁業  カキ・サケなど魚つき保安林の必要性  241
鉄道林  順調に増大、密植による成長促進と密度保持  243
山火  森林防火組合の結成と拡充で官民一致の予防体制  245
保安林設定の沿革と国土保全事業  保安林の国有林復帰と管理の厳正化  247
自然公園の沿革  国立公園法の公布と指定、大戦で行政休止  248
鳥獣保護・狩猟  森林監守に司法権、繁殖そ害行為の取締り  252
林業労働  不況と戦時体制下雇用労働浮動  252
林業試験  カシワの造林学的研究、戦力増強のテーマ
教育・普及・試験等  財産造成ともなった演習林・学校植林  255
 第3章 第二次世界大戦終戦から昭和30年まで  257
序説 復興と変動の戦後10年  258
戦後前期の林政  林政統一、林野局下14局317営林署  260
木材利用の変遷と特色  パルプ資本に支配される生産と流通  264
森林鉄道の建設  増伐と奥地開発に増設と新設  266
併用林道  国有林事業遂行に市町村道を併用  269
治山事業  災害発生を契機に推進  270
直営生産事業の推移  直営事業の廃止・委託、開発事業の進展  272
国有林の経営計画の推移と資源調査  国有林の経営規程の編成なる  278
道有林の経営計画と資源の推移  木材需要増大と資源増殖に対処  281 民有林の経営計画と資源の推移  需要の円滑化と林地生産力の合理的利用へ  282
養苗事業の推移  合理化・機械化すすむ  284
保安林  配備・設定・保護計画の基準と長さ  291
部分林  資源復興と青少年の協力が目的  293
国有林野の測定事業 長期計画で境界測量重点に推進  294
労働組合の発生と推移  局職員組合から全林野労働組合へ  297
15号台風  風害激甚、重要問題に対処  298
畜産と林業  牧野、放牧共用林野の変遷 301
国有林野整備  解放運動活発、整備法で市町村へ売払い  305
林野火災取締り・警防体制  森林愛護組合設置、火災予消防は市町村の責任  308
 第4章 昭和30年から現在まで  311
序説  質より量の生産へ  312
産業としての林政  健全な成長で日本経済構成の役割りを果たす  315
製材業  市場拡大で慢性的過当競争  330
紙パルプ産業  原木不足で輸入チップに依存  333
合板工業  生産飛躍、輸入材が90%  340
オガ炭工業  補完燃料として需要漸増  341
製炭事業  他燃料、パルプ産業の進出で減産  341
国土保全と治山事業  災害復旧から予防治山の方向へ  343
国有林の経営計画の推移と資源調査  資源培養、生産力増強、経営合理化を  346
空中写真  技術向上、各種事業への応用盛ん  352
自動車道建設の推移  公共性を重視、事業遂行に整備必須  355
林道工事の変遷  機械化普及推進、技術向上に研さん  360
森林鉄道の撤去  自動車時代へ、撤去を終了  363
民有林林道  大所有者の建設増大  364
林道の現況  積極的開設で密度高まる  364
清算作業の変遷  機動力の機械化、併発災害も新発生  366
これからの清算作業  労働生産性の向上と安全性  382
直営生産事業の推移  指導管理を充実、計画を上回る収益  384
これからの製品生産事業  労働生産性の向上をめざして  391
養苗事業の推移  経営規模増大、育種事業を推進  392
造林史  拡大造林による生産第一主義から生林第一主義へ  406
造林の推移  気象害と戦い短伐期育成林を造成  419
林業労働人口の現況と流出  総合的需給調整処理と作業仕組の改善を  436
保安林  流域保全に水源かん養保安林を拡大強化  437
部分林  地域住民の生活と産業振興に  438
林業試験  釧路試験地開庁、試験場と連絡協調  439
森林土壌調査  基礎調査確立、土壌図40%の成果  442
造林地被害と防除  防除に機械化など大発生に万全の策  443
木材需要の推移と流出  チップ輸入激増、広葉樹を移出  456
労働組合の発生と推移  製材工場閉鎖・林鉄撤去に争点  460
鉄道林  防災機能維持保続に施業計画、多い防雪防止林  460
自然公園の拡大  当局所管の29%が自然公園面積  462
教育・普及・試験等  優秀な学校植林成績、山林進行に普及事業貢献  466
畜産と林業  開拓営農に絶対条件の牧野確立  469
スキー場・野営場  国が大衆利用地の指定・管理  471
国有林整備  新市町村建設促進法により売払い  472
林野火災取締り・警防体制  予消防対策協議会の設置、情報連絡体制確立  472
鳥獣行政、天然記念物  野生鳥獣の保護増殖に保護区・休猟区  474
千島の概要  総面積の9割が国有林、苦闘の開拓足跡  476
歯舞諸島  歯舞村の離島として北海道本島と緊密に関係  481
色丹島  風光明媚な観光地、更新目的の伐採行わず  483
国後島  泊・留夜別の2村、エゾ・トドの針葉樹林  485
択捉島  3群3村制、戦時下に軍事用過伐  488
中部地島  養獣の島、植生上注目の“宮部”  491
北部千島  漁業隆盛、東洋一の缶詰工場、広大絢爛な花畑  492
 第3編 道東林業の展望
道東林業の特色  496
100年の足跡から  502
道東総合開発と林業の発展方向  506
道東林業のビジョンを求めて  526
紙パルプ産業からみた道東林業の将来  538
製材合板産業からみた道東林業の将来  552
道東林業の先駆者が語る将来の発展  562
道東林業の現状  572
道東林業の経営技術さぐる  582
国有林の現況と経営の方向  592
開道200年のビジョン  597
 図で見る道東の特色  602
 年表  620
 著者紹介  641
 今となっては貴重な記録資料である。現在の地域の衰退や、集落の消滅、自然への回帰といった現実を考えると、本書が編算された当時には、まだ北海道の第一次産業・第二次産業にも明るい未来が考えられていたのだな、と思ってしまう。
 道東の森林風景の美しさには、格別なものがあるが、本書に述べられた知識をかじりながらその風景を眺めれば、また違った感慨がわくだろう。

レコード芸術 2021年11月号

レビュー日:2021.11.9
★★★☆☆ マニアには楽しい本ですが、ちょっと思うところを述べさせてください
 日本を代表するクラシック音楽のメディア情報誌である「レコード芸術」誌は、刊行から長い歴史を持つ雑誌であり、相応の価値観を提供してきたと思う。私も、若いころから、この月刊誌を購読し、ずいぶん趣味幅を広げてきた。たいそうお世話になっている。
 この雑誌が数年おきに提供している名物企画が「名曲名盤○○○」であり、これは古今の名曲を任意の数、選んだ上で、曲毎に存在する数々の録音について、選者と呼ばれる評論家が、お気に入りの数点を選び、順位点を与え、その総計をランキングにしてしまうというお遊び要素のある企画。
 クラシック音楽は、概して「作曲家」と「演奏家」の分業により、その芸術が達成されるジャンルである。それゆえに、例えば同じベートーヴェンの楽曲であっても、演奏家は「私のベートーヴェンはこれだ」というものを披露することになる。そして、評論家の仕事は、それがどうゆうベートーヴェンであるかを、ファンに伝え、特に優れていると考えられるものについては、広報することで、トータルとして芸術文化の普及・啓発につなげることにある。そういった点で、この企画は、整理された見やすさ、簡潔なわかりやすさといった点で、シンプルに評論家がファンにメッセージを伝えることが出来る特徴をもっている。たぶん好評企画なのだろう。この企画が掲載された号は、通販サイトでもあっさり売り切れとなっていることが多い。
 現在も、この企画が進行中である。作曲家のアルファベット順に企画が進行しており、この11月号には、Sから始まる名前の作曲家たちの名作について、どの録音が良いか、選出が行われている。私は、かつて、この企画を参考にしながら、音盤のライブラリを充実させていたので、現在も興味深く拝見しているのだが、どうも気になる点がある。当レビューでは、そのことについてのみ、記載させていただこう。
 随分選出される録音の傾向が変わった。もちろん、自分の思いと違ったり、意外な結果となったりということは、まったく問題ではない。むしろ、自分の聴いたことのない録音を挙げてくれることで、参考になることも多い。だから、それはいいのだけれど、気になるのは、今回この企画の「仕様」と「目的」の間の合致性が、私には、おかしく感じられるということである。
 以下は私の概ねの認識だけれど、かつての同企画では、選者の半分以上は、名盤や定盤と呼ばれるものから推薦するものと、それと別に、愛聴盤と呼ぶべきものを挙げるというような、両立性を考慮した選者が多かったと感じる。その結果、総合的に上位にランクされるものに、定番、名盤として親しまれているものが、ほぼ順当にあって、私もそれらの録音で、クラシック音楽に親しみ、趣味の裾野を広げることが出来たと思っている。
 しかし、今回のは、まったく趣向が違っていて、各選者がそれぞれ、言ってみれば“マイブーム盤”を挙げたような感じなのだ。結果的に、票がばらけるし、結果的な総合順位も、私見ながら、最大公約数的なものとは言い難いものが挙がることがほとんど。私の表現で形容するなら、まるで、「全評論家が穴党の競馬新聞」を見ている感じなのだ。まあ、穴予想をする方が楽しいし、外れた時の外面も悪くないのでキラクなのだが。もちろん、そういう趣向であってもいいのだけれど、問題なのは、それを選んだ選者自身の「コメント」が全くなく、代表者1名が全体評を述べるにとどまっているという「仕様」にある。かつては、各選者がコメントを入れる仕様の時もあった。私はそのころのシリーズが好きで、今もそれをたびたび見返すのは、「各選者のコメントがあるから」なのである。穴なら穴でいい。しかし、穴を選んだ理由と気持ちがなければ、穴予想家はつとまらない。私は、それを選んだ「なぜ」が知りたいのだ。例えば、世間的に評価の確立したAではなく、Bを選んだのであれば「確かにAは良い。しかし、私はBの○○な点が捨てがたく、××な点が否めないとはいえ、その価値を高く評価し、敢えてこちらを推したい」というような、気持ちを担保する文章がほしいのだ。それがなくて、ただ、そっけない数字がつくだけで、あまり聴く機会のない、あるいはとても新しい録音で、まだ知っている人の少ないものが挙がっていたとしても、海のものとも山の者とも知れないというか、興味がそこから先に繋がっていかないのである。まあ、あとは自分で海外サイトを検索して情報を探せ、ということなのかもしれないが、それだって、なかなか情報は多くないし、結局その手間暇をかけるなら、何のための企画なのか、やっぱりわからない。
 なので、定番ではなく、自己愛聴盤(偏愛盤)を挙げるのなら、それはそれでかまわないので、その仕様、それを活かした企画体裁にしてくれないと、みていて、正直ピンとこないし、面白くない。かつて自分がそれを参考にして趣味の裾野を広げられたような道が、現在のこの企画と仕様では、スパッと途切れてしまっている。そう思えてならないのです。

新時代の名曲名盤500+100

レビュー日:2023.2.3
★★★☆☆ 毎回楽しみにしている企画の集大成ではありますが、歴代のシリーズと比較すると微妙な内容に感じます
 日本を代表するクラシック音楽のメディア情報誌である「レコード芸術」誌は、刊行から長い歴史を持つ雑誌であり、相応の価値観を提供してきたと思う。私も、若いころから、この月刊誌を購読し、ずいぶん趣味幅を広げてきた。たいそうお世話になっている。この雑誌が数年おきに提供している名物企画が「名曲名盤○○○」であり、これは古今の名曲を任意の数、選んだ上で、曲毎に存在する数々の録音について、選者と呼ばれる評論家が、お気に入りの数点を選び、順位点を与え、その総計をランキングにしてしまうというお遊び要素のある企画。
 本書は2020年~2022年にかけて、間欠的に続けられた当該特集分のみを集めて1冊にまとめたもの。最初に選ばれた500の楽曲と、追補する形で別に選ばれた100の楽曲、合計600曲について、各8名がそれぞれ選んだ3つの録音について1位3点、2位2点、3位1点を与え、総得点順に並んでいる。
 私は、この特集を月刊誌でみてきて、その感想を2021年11月号のレビューに書いた。それは今回のシリーズ全体に対する感想であったので、本来は本書に付すべきものと考え、以下にまずは転載させていただく。(多少アレンジしてあります)
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 クラシック音楽は、概して「作曲家」と「演奏家」の分業により、その芸術が達成されるジャンルである。それゆえに、例えば同じベートーヴェンの楽曲であっても、演奏家は「私のベートーヴェンはこれだ」というものを披露することになる。そして、評論家の仕事は、それがどうゆうベートーヴェンであるかを、ファンに伝え、特に優れていると考えられるものについては、広報することで、トータルとして芸術文化の普及・啓発につなげることにある。そういった点で、この企画は、整理された見やすさ、簡潔なわかりやすさといった点で、シンプルに評論家がファンにメッセージを伝えることが出来る特徴をもっている。たぶん好評企画なのだろう。この企画が掲載された号は、通販サイトでもあっさり売り切れとなっていることが多い。
 それにしても、過去の同様シリーズと比べて、今回は、選出される録音の傾向が随分変わった。もちろん、自分の思いと違ったり、意外な結果となったりということは、まったく問題ではない。むしろ、自分の聴いたことのない録音を挙げてくれることで、参考になることも多い。だから、それはいいのだけれど、気になるのは、今回この企画の「仕様」と「目的」の間の合致性が、私には、おかしく感じられるということである。
 以下は私の概ねの認識だけれど、かつての同企画では、選者の半分以上は、名盤や定盤と呼ばれるものから推薦するものと、それと別に、愛聴盤と呼ぶべきものを挙げるというような、両立性を考慮した選者が多かったと感じる。その結果、総合的に上位にランクされるものに、定番、名盤として親しまれているものが、ほぼ順当にあって、私もそれらの録音で、クラシック音楽に親しみ、趣味の裾野を広げることが出来たと思っている。
 しかし、今回のは、まったく趣向が違っていて、各選者がそれぞれ、言ってみれば“マイブーム盤”を挙げたような感じなのだ。結果的に、票がばらけるし、結果的な総合順位も、私見ながら、最大公約数的なものとは言い難いものが挙がることがほとんど。私の表現で形容するなら、まるで、「全評論家が穴党の競馬新聞」を見ている感じなのだ。まあ、穴予想をする方が楽しいし、外れた時の外面も悪くないのでキラクなのだが。もちろん、そういう趣向であってもいいのだけれど、問題なのは、それを選んだ選者自身の「コメント」が全くなく、代表者1名が全体評を述べるにとどまっているという「仕様」にある。かつては、各選者がコメントを入れる仕様の時もあった。私はそのころのシリーズが好きで、今もそれをたびたび見返すのは、「各選者のコメントがあるから」なのである。穴なら穴でいい。しかし、穴を選んだ理由と気持ちがなければ、穴予想家はつとまらない。私は、それを選んだ「なぜ」が知りたいのだ。例えば、世間的に評価の確立したAではなく、Bを選んだのであれば「確かにAは良い。しかし、私はBの○○な点が捨てがたく、××な点が否めないとはいえ、その価値を高く評価し、敢えてこちらを推したい」というような、気持ちを担保する文章がほしいのだ。それがなくて、ただ、そっけない数字がつくだけで、あまり聴く機会のない、あるいはとても新しい録音で、まだ知っている人の少ないものが挙がっていたとしても、海のものとも山の者とも知れないというか、興味がそこから先に繋がっていかないのである。まあ、あとは自分で海外サイトを検索して情報を探せ、ということなのかもしれないが、それだって、なかなか情報は多くないし、結局その手間暇をかけるなら、何のための企画なのか、やっぱりわからない。
 なので、定番ではなく、自己愛聴盤(偏愛盤)を挙げるのなら、それはそれでかまわないので、その仕様、それを活かした企画体裁にしてくれないと、みていて、正直ピンとこないし、面白くない。かつて自分がそれを参考にして趣味の裾野を広げられたような道が、現在のこの企画と仕様では、スパッと途切れてしまっている。そう思えてならないのです。
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 私は歴代のこのシリーズは、一通り目にし(雑誌を毎号買っておりました)、単行本化されたものも併せて購入している。そんな私が、いまなおしばしば手に取ってみるのは1987年に刊行された「名曲名盤500」である。この時の企画が面白かったのは、まず第1に選者全員の熱い思いを吐露するコメントが付されていた点にある。次に、各選者が持ち点10点を配分するという採点法が面白かった。後者については、例えばある選者が3つ選出するとしても、その配点を、例えば(4点、3点、3点)としたり(6点、3点、1点)としたりすることで、思い入れの緩急を表すことが出来た。今回の企画では、上述のように選者のコメントがないのであれば、せめて配点に独自性を反映させるなど、工夫があっても良かったのではないかと思う。
 さて、単行本化自体はありがたい。いろいろ気になる点があるものの、それ自体は参考になる。ただ、企画の主旨に直接かかわってしまう誤植等があるのは大いに残念である。
 また、私個人の思いをもう一つ書かせていただくなら、確かに連載時には「500+100」という体裁ではあったのだが、単行本化するに際しても、最初に選ばれた500曲と、後で追加された100曲について、そのまま前半・後半にそのまま収録されてしまっている点がきわめて残念だ。あらたあめて600曲を作曲家順にソートし直してほしかった。なぜなら、本書は趣味本という側面と併せて「CD等の音楽メディア商品の購入の参考」となる実用性を併せて持っているものだからである。実用性を担保するためには、自分が気になる曲が掲載されているかどうかを見出しやすくする検索性を高めたり、また同ジャンル曲を連続する俯瞰性を高めたりすることが適切で、それよりも編集順番の線引きが重視される理由は、特にないと思うのだが。少なくとも、私にとっては、「500曲」と「100曲」の間に明確な区別はない。まして、インデックスを割愛したのであれば、なおさらである。そのあたりのちょっとしたことが、実用性の高さや手に取りやすさに直結すると思うのだが。
 不満点はいろいろあるけれど、とはいえ、「選曲」の顔ぶれ自体には、新しさを感じるところもあった。ブルックナーの初期の交響曲なんて、このシリーズが始まった80年代であれば、対象になることは考えにくかっただろう。“マイブーム盤”的な推薦と感じられるものが多く、ちょっと時期を変えたり選者を変えたりしたら、ガラッと変わってしまうような結果だという感慨はあるが、ある意味、現在の多様性を反映し、後の世になれば、また違った評価がなされるのかもしれない。とはいえ、現時点で私の評価としては、過去の同様のシリーズと比べて、参考と出来る程度(信頼度という言葉に近い)は高くなく、かといって趣味性を反映した内容にも特化できておらず、微妙な評価とせざるをえない。


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