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ビーバー



音楽史

ロザリオのソナタ 第1番「受胎告知」 第2番「訪問」 第3番「降誕」 第4番「拝謁」 第5番「神殿のイエス」 第6番「オリーヴの山で苦しみ」 第7番「鞭打ち」 第8番「いばらの冠をのせられ」 第9番「十字架を背負う」 第10番「磔刑」 第11番「復活」 第12番「昇天」 第13番「聖霊降臨」 第14番「聖母被昇天」 第15番「聖母の戴冠」
vn: ゼペック cemb,org: ベーリンガー gamb: パール テオルボ: サンタナ

レビュー日:2011.7.15
★★★★★ ビーバーの代表作の音楽的真価を証明する録音
 ハインリヒ・ビーバー(Heinrich Biber 1644-1704)は、チェコで生まれオーストリアで活躍したバロック期の作曲家でヴァイオリニスト。声楽曲でも有名だが、現在では「ロザリオのソナタ」と題される一連のヴァイオリンソナタ群が代表作として知られる。当アルバムは、1965年生まれのドイツのヴァイオリニスト、ダニエル・ゼペック(Daniel Sepec)と、ヴィオラ・ダ・ガンバ: パール(Hille Perl)、テオルボ: サンタナ(Lee Santana)、chem,org: ベーリンガー(Michael Behringer)の3人の通奏低音奏者による2009年の録音。ちなみにテオルボ(Theorbo)はリュート系の楽器の一つ。
 ロザリオのソナタは15の「ソナタ」と1つの無伴奏「パッサカリア」からなる。15のソナタには副題があり、第1番「受胎告知」 第2番「訪問」 第3番「降誕」 第4番「拝謁」 第5番「神殿のイエス」 第6番「オリーヴの山で苦しみ」 第7番「鞭打ち」 第8番「いばらの冠をのせられ」 第9番「十字架を背負う」 第10番「磔刑」 第11番「復活」 第12番「昇天」 第13番「聖霊降臨」 第14番「聖母被昇天」 第15番「聖母の戴冠」となる。
 このソナタ群の一つの特徴としてスコルダトゥーラ(scordatura)と呼ばれる調弦法が用いられている点がある。一般にヴァイオリンの4つの弦は、低音側から5度音程に調律するため、下からG3、D4、A4、E5となるが、ロザリオのソナタでは第1番と最後のパッサカリアのみが通常の調弦で、他のソナタはそれぞれ独自の調弦により奏でられる。このスコルダトゥーラは16世紀前半から使用し始められ、18世紀半ばまではよく行われていたとされる。ロザリオのソナタは1676年ごろに作曲されたとしており、当時としては一般的な手法だったのかもしれない。
 ビーバーは非常に高名なヴァイオリニストで、技術面でも一頭抜けた存在だったとされる。そんな彼の代表作に相応しく、ロザリオのソナタは高度な技術を要するもので、ダブルストップ(一度に二音以上の重音を弾く)を含む非常に急速なパッセージが多くあるほか、それまでの奏法では使用されなかった音域も使用されている。
 ゼペックはピリオド楽器を使用して、この美しい楽曲を十全に表現している。最初の5曲のソナタは「喜びの神秘」と題される。第2番から第4番では明るく輝かしい響きをクリアに響かせる。次の5曲が「悲しみの神秘」。不協和音により明るい響きを弱める調弦の効果が端緒で、イエスの最後の数時間の出来事を劇的に表現している。最後の5曲が「栄光の神秘」。印象的で明るく大きく広がるような楽想に特徴があるだろう。この演奏では宗教的な厳かさもよく伝わるが、それ以上にこれらの作品が音楽として独立した立派な価値を持っていることを明示している。最後のパッサカリアは本当に美しい。バッハの傑作群の前にこのような無伴奏ヴァイオリン作品があることを忘れないようにしたい。

ロザリオのソナタ 第1番「受胎告知」 第2番「訪問」 第3番「降誕」 第4番「拝謁」 第5番「神殿のイエス」 第6番「オリーヴの山で苦しみ」 第7番「鞭打ち」 第8番「いばらの冠をのせられ」 第9番「十字架を背負う」 第10番「磔刑」 第11番「復活」 第12番「昇天」 第13番「聖霊降臨」 第14番「聖母被昇天」 第15番「聖母の戴冠」
vn: マンゼ cemb,org: エガー vc: マクギリヴレイ

レビュー日:2016.10.4
★★★★★ ビーバーの代表作の音楽的真価を証明する録音
 アンドルー・マンゼ(Andrew Manze 1965-)のヴァイオリンによるビーバー(Heinrich Biber 1644-1704)の「ロザリオのソナタ」全曲。2003年の録音。CD2枚組。
 2005年のレコード・アカデミー賞音楽史部門を受賞した録音であるので、今さらという感もあるけれど、2016年に再発売版もリリースされたので、あらためて記してみたい。この録音は、学術的価値、演奏技術、音楽性などのあらゆる観点で、聴き手に深い満足感を与えるものに他ならない。
 ビーバーの大作、「ロザリオのソナタ」は、ヴァイオリンと鍵盤楽器による15のソナタと、ヴァイオリン・ソロによるパッサカリアの全16部分からなる連作で、その詳細は以下の通りとなる。
1) ソナタ 第1番「受胎告知」
2) ソナタ 第2番「訪問」
3) ソナタ 第3番「降誕」
4) ソナタ 第4番「拝謁」
5) ソナタ 第5番「神殿のイエス」
6) ソナタ 第6番「オリーヴの山で苦しみ」
7) ソナタ 第7番「鞭打ち」 
8) ソナタ 第8番「いばらの冠をのせられ」
9) ソナタ 第9番「十字架を背負う」
10) ソナタ 第10番「磔刑」
11) ソナタ 第11番「復活」
12) ソナタ 第12番「昇天」
13) ソナタ 第13番「聖霊降臨」
14) ソナタ 第14番「聖母被昇天」
15) ソナタ 第15番「聖母の戴冠」
16) パッサカリア ト短調
 当盤では、リチャード・エガー(Richard Egarr 1963-)が伴奏を務める。鍵盤楽器として使用しているのは、第1、第2、第3、第4、第6、第7、第9、第11、第13、第14、第15番の11曲のソナタでオルガン、第5、第8、第10、第12番の4曲のソナタでチェンバロとなる。また、第12番ではチェロによる通奏低音が加えられている。当盤ではアリソン・マクギリヴレイ(Alison McGillivray)がチェロを担う。
 ソナタの副題を見てわかる通り、この連作は、キリストの生誕から聖母マリアの戴冠までを描いたものであるが、その表現のために、スコルダトゥーラ(scordatura)と呼ばれる調弦法が用いられていることが、当曲集の大きな特徴となっている。一般にヴァイオリンの4つの弦は、低音側から5度音程に調律するため、下からG3、D4、A4、E5となるが、ロザリオのソナタでは第1番と最後のパッサカリアのみが通常の調弦で、他のソナタはそれぞれ独自の調弦により奏でられる。このスコルダトゥーラは16世紀前半から使用し始められ、18世紀半ばまではよく行われていたとされる。ロザリオのソナタは1676年ごろに作曲されたとしており、当時としては一般的な手法とも言える。
 ビーバーは非常に高名なヴァイオリニストで、技術面でも一頭抜けた存在だったとされる。そんな彼の代表作に相応しく、ロザリオのソナタは高度な技術を要するもので、ダブルストップ(一度に二音以上の重音を弾く)を含む非常に急速なパッセージが多くあるほか、それまでの奏法では使用されなかった音域も使用されている。
 これらのソナタの特性を、マンゼは実に見事な技法で繰り広げている。その醸し出す重音の雰囲気は絶妙で、例えば、ソナタ第1番の終楽章や、ソナタ第14番の冒頭楽章などを聴いていただけると、とてもわかり易いのではないだろうか。
 とにかく音色に艶とバネがあり、全体的な柔らか味のある響きは、マイルドで、特にオルガンのサウンドと合わさったときの神々しい光を感じる音色は、忘れがたいのである。このマンゼの繰り出す柔らなトーンは、例えば彼の弾いたバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)のコンチェルトなんかとは、まったく異なる印象で、私には、同じ人が弾いているとは思えないほどなのだけれど。それは、曲に沿った演奏を真摯に心がけた結果なのかもしれない。
 いずれにしても、固有の調弦で彩られた15のソナタを、鮮やかな手腕で弾きこなし、かつ巧妙なバランスで、隅々まで行き届いた表現で透徹した、実に完成度の高い芸術として、聴き手に音が届けられるのである。楽曲のテーマである神への信仰を別としても、音楽自体の美しさは、多くの人を感動させるに違いない。
 そして、終曲の独奏ヴァイオリンによるパッサカリアの感動的なこと。これは、楽曲自体が素晴らしいのだから、マンゼのような名人に弾かれたら、一流の芸術となるのは、当然と言えば当然なのだけれど。
 以上のように、推薦をためらうところのない素晴らしいアルバムであるが、特典として、末尾に3分強ほどの、マンゼ自身によるスコルダトゥーラに関する解説が収録されている(英語)。実際にヴァイオリンで音を出しながらの解説なので、こちらもリスナーの知的興味を満足させてくれるもので、良いサービスとなっている。

ビーバー レクイエム  スッテファーニ スターバト・マーテル
レオンハルト指揮 オランダ・バッハ協会バロック・オーケストラ 合唱団 S: アルマジャーノ T: エルウィス

レビュー日:2014.1.10
★★★★★ 古楽宗教曲の模範的演奏と思える内容です。
 レオンハルト(Gustav Leonhardt 1928-2012)指揮、オランダ・バッハ協会バロック・オーケストラと同合唱団による、ハインリッヒ・ビーバー(Heinrich Ignaz Franz von Biber 1644-1704)の「15声のレクィエム イ長調」とアゴスティーノ・ステッファーニ(Agostino Steffani 1654-1728)の「スターバト・マーテル」を収録したアルバム。1994年の録音。独唱陣はマルタ・アルマジャーノ(Marta Almajano 1965- ソプラノ) 、ミーケ・ヴァン・デア・スロイス(Mieke van der Sluis ソプラノ) 、ジョン・エルウィス(John Elwes 1946- テノール) 、マーク・バドモーア(Mark Padmore 1961- テノール) 、フランス・ホイツ(Frans Huijts バリトン) 、ハリー・ヴァン・デル・カンプ(Harry van der Kamp 1947- バス) といった顔ぶれ。トラック別の内容は以下の通り。
 ビーバー「レクイエム」
1) 入祭唱(Introitus)
2) キリエ(Kyrie)
3) 続唱(Sequenz)
4) 奉献唱(Offertorium)
5) サンクトゥス(Sanctus)
6) 神羊誦 (Agnus Dei)
7) 聖体拝領唱 (Communio)
 ステッファーニ「スターバト・マーテル」
8) 悲しみの母は(Stabat Mater)
9) 呻き、悲しみ(Cujus Animam)
10) 涙をこぼさないものがあるだろうか(Qui Est Homo)
11) その民の罪のために(Pro Peccatis)
12) 愛しい御子が(Vidit Suum Dulcem)
13) さあ、御母よ、愛の泉よ(Eja Mater)
14) 私の心を燃やしてください(Fac Me Vere)
15) いと清き乙女のなかの乙女よ(Virgo Virginum)
16) どうかキリストの死を私に負わせ(Fac Ut Portem)
17) どうかその傷を私に負わせてください(Fac Me Plagis)
18) 怒りの火に燃やされることなきよう(Inflammatur)
19) 肉体が滅びる時には(Quando Corpus)
 当盤は、古楽の権威であるレオンハルトによる、これらの作品の姿を伝える良質な記録。特にステッファーニの当該楽曲は、ほとんど録音がないだけに貴重だ。作曲家の名前自体に、あまり馴染みのない方も多い(私も馴染んでいるとは言えない)ので、一応、簡単に紹介しておく。
 ビーバーは、チェコの作曲家兼ヴァイオリニスト。17世紀ドイツ音楽圏の最大のヴァイオリン奏者。1670年からオルミュツ司教、次いで1673年以後はザルツブルク大司教の宮廷に仕え、1684年には楽長に就いた。イタリアのヴァイオリン音楽の影響を受けながら、ポリフォニックな奏法およびスコルダトゥーラ(ヴァイオリンの弦の調律をずらす)の技法によって、重厚で時に神秘的な作風を示した。代表作は「ロザリオのソナタ」の名で知られる、1675年頃に作曲されたマリアの生涯の秘跡を扱った16曲のヴァイオリン・ソナタ集であるが、宗教曲やオペラも書いた。レクイエムも2度作曲しており、当盤に収録されているものが、そのうちの一つ。
 ステッファーニはイタリアの作曲家であるが、ビーバー同様に17世紀末のドイツで活躍した。1708年のローマ滞在中に、若き日のヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759)を知り、彼をハノーヴァーの宮廷学長に推薦したという、その慧眼ぶりを示すエピソードがよく知られている。ステッファーニ自身は、1675年からミュンヘンの宮廷オルガニストを務めたほか、ミュンヘンではバイエルン選帝侠マックス・エマヌエルの室内楽指揮者・副楽長、さらに1688年からハノーヴァーの宮廷学長となり、「エンリコ・レオーネ(Enrico Leone)」などのオペラを書いた。また政治家・外交官としても活躍したと伝えられる。作風としては、「バッソ・オスティナート」と呼ばれる低音の繰り返し音型をベースとした流麗なアリアなどにその特徴は明瞭に表れているとされる。本盤に収録されている「スターバト・マーテル」は、6声の独唱と6つの弦楽器、オルガンのために書かれた作品。
 これらの楽曲は、いずれもバロック期の重要な成果と考えてよい作品だろう。声楽の扱い、これを支える器楽の奏法など、当時の様式の典型を示すと思われる。しかも、音楽的な美しさ、それもこの時代らしい禁欲的なものを良く湛えている。レクイエムはロマン派のレクイエムをイメージすると、その明るい楽想に違和感を覚えるかもしれないが、引き締まった清楚さがあり、歌手陣も朗々と歌うのではなく、厳かな距離感を維持した歌いぶりで、いかにもふさわしい音響が構成されている。ステッファーニの楽曲は、いかにも敬虔な印象を音楽に求めたもので、静かな内省的とも言える感動をもよおす性格の音楽。熟考された伴奏のフレージングが、自然な暖かさと、厳かさを引き出している。


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