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ビーチ



室内楽

ビーチ ピアノ五重奏曲  エルガー ピアノ五重奏曲
p: オールソン タカーチ四重奏団

レビュー日:2020.5.27
★★★★★ 楽曲のもつポテンシャルを最高に近い形で引き出した名演奏
 タカーチ四重奏団と、アメリカのピアニスト、ギャリック・オールソン(Garrick Ohlsson 1948-)による以下の2作品を収録したアルバム。
1) ビーチ(Amy Beach 1867-1944) ピアノ五重奏曲 嬰ヘ短調 op.67
2) エルガー(Edward Elgar 1857-1934) ピアノ五重奏曲 イ短調 op.84
 2019年の録音。
 録音時のタカーチ四重奏団のメンバーは以下の通り。
 第1ヴァイオリン; エドワード・ドゥシンベル(Edward Dusinberre 1968-)
 第2ヴァイオリン; ハルミ・ローズ(Harumi Rhodes 1979-)
 ヴィオラ; ジェラルディン・ウォルサー(Geraldine Walther 1950-)
 チェロ; アンドラーシュ・フェイェール(Andras Fejer 1955-)
 アムラン、ハフらと充実したアンサンブルを繰り広げてきたタカーチ四重奏団が、このたびは、オールソンとともに、ネームヴァリューが高いとは言えない2作品を録音した。しかし、タカーチ四重奏団とオールソンが紡ぎだす音の素晴らしさによって、楽曲の価値が手ごたえをもって伝わってくる録音だ。
 エイミー・ビーチはアメリカの女流作曲家。夫で外科医だったヘンリーが、彼女の才を認め、家事を一切させずに作曲活動に専念させたというエピソードが少しだけ知られている。その作品はある意味折衷的。ドイツ・ロマン派的であったり、印象派ふうであったり。構成的な堅牢さは感じないが、楽曲を聞く限りでは、比較的自由な形で書きすすめながらも、うまくまとめ上げる手腕を持ち合わせた作曲家だったように感じる。私は、ビーチの作品では、アンバッハー・アンサンブルによる録音を聴いたことがあり、ヴァイオリン・ソナタなどなかなか雰囲気の良い作品だった。
 当盤に収録されたピアノ五重奏曲は、作曲者の楽曲製作に掛ける意気込みが真摯に伝わってくる。主題のほの暗さ、そこに秘められた強さは、ロマン派の作品と称して不思議はないだろう。じっさい、この楽曲では、ブラームス(Johannes Brahms 1833-)の同ジャンル作品から引用したフレーズも扱われる。全3楽章の構成のうち、第2楽章における情感に訴える叙情性の発露が特に聴き応えがあるが、そんな楽曲にタカーチとオールソンは真剣に取り組んでおり、計算しつくされた音響で迫っている。合奏音は暖かく緻密であるが、つねに情緒につながる潤いがあり、聴かせどころで巧妙なタメを加えて、巧みに楽曲を演出する。彼らの演奏あってこそかもしれないが、「なかなかいい曲じゃないか」と思わせてくれる。
 エルガーの作品は、隠れた名品と言っても良いもので、エルガーならではの旋律への感覚と、詩的な感性がほどよく込められている。第1楽章は典雅、第2楽章は優美、第3楽章は華やぎと性格的な描き分けも堂に入っているし、メロディーも親しみやすい。この楽曲も、これまでいま一つ録音という点では恵まれていなかった面が感じられる。というのも、当盤におけるオールソンとタカーチ四重奏団の貫禄豊かな響きが見事だからだ。ことに第2楽章は、エルガーの書いた特に美しい音楽の一つであると思うが、その楽曲が本来もっていた旋律の美しさを、最高のアンサンブルで磨き上げたものとなっていて、当該作品の価値を高らかに歌ったものだ。この録音のお陰で、この曲のフアンが増えるに違いないと感じる。
 ちなみに、収録されている2作品、いずれも3楽章構成で、かつ3つの楽章の演奏時間が均等に近い。中央ヨーロッパから離れた文化圏で、同じ時期に生まれたロマン派のピアノ五重奏曲という以上に、両者の組み合わせはしっくり来ており、アルバムとしてのまとまり感も良い。


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器楽曲

単一楽章の弦楽四重奏曲 ヴァイオリン・ソナタ 木管五重奏のための「パストラーレ」 チェロとピアノのためのドリーミング
アンバッハー室内アンサンブル

レビュー日:2007.11.3
★★★★☆ アメリカの女流作曲家、エイミー・ビーチの親しみやすい室内楽
 エイミー・ビーチ(Amy Marcy Beach 1867-1944)はアメリカの女流作曲家。夫で外科医だったヘンリーが彼女の才を認め、家事を一切させずに作曲活動に専念させたのはちょっと知られた話だ。ここではビーチの室内楽の主な作品を聴くことができる。収録曲は単一楽章の弦楽四重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、木管五重奏のための「パストラーレ」、チェロとピアノのためのドリーミングの4曲。演奏はピアニスト、ディアナ・アンバッハーらによるアンバッハー室内アンサンブル、録音は2002年。
 よく指摘される「フランクに似ている」という作風であるが、フランクの特徴だった「循環形式」が用いられているわけではなく、印象派初期の和声や構成を持ち、かつどことなく風通しのよい色合いを持った音楽と言えると思う。楽想は美しいが、深刻な音楽とはならず、大きく展開するような発展性はないけれど、まとまっていて、落としどころに落とすという安心感がある。
 当盤の収録曲の中では、代表作として知られるヴァイオリン・ソナタが重要な作品で、柔和なメロディと豊かな色彩を感じさせる雰囲気がよい。ただ演奏はやや平板な印象があり、もっと曲想にアクセントがあった方がいいかもしれない。それにしてもこのヴァイオリン・ソナタを聴くと、やはりセザール・フランクに近い音色であると思う。
 冒頭に収録された弦楽四重奏曲もメロディアスな作品で、この作曲家が「メロディー」をいかに大切にしていたかが伝わる作品。
 末尾に収録された2つの小品があるいは一般的に「わかりやすい」作品といえるかもしれない。非常に瀟洒な、ドビュッシーに近い雰囲気をもちながら、よりロマンティックに聴き手に寄り添うような甘美さを持っている。演奏もとてもいい。とくに自身のピアノ曲からアレンジされたチェロとピアノのためのドリーミングはその名の通り夢想的とも言える雰囲気で、このアルバムを閉じるのにふさわしい役割を果たしている。


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