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アルチョーモフ



現代音楽

道の交響曲 第2番「輝ける世界のとば口に」  Ave atque vale Ave, Crux Alba (2012年版)
アシュケナージ指揮 ロシア国立フィルハーモニー管弦楽団 vn: ズケルマン va: ステプチェンコ ob: アルハンゲルスキー p,チェレスタ: マルティロシアン org: ヴォロストノフ perc: シャタイェフスキ

レビュー日:2017.3.29
★★★★★ 秘曲としてその名が伝えられていたアルチョーモフの「道の交響曲」の1曲です
 ロシアの作曲家、ヴャチェスラフ・アルチョーモフ(Vyacheslav Artyomov 1940-)の名前は、日本では知られているとは言い難いが、このたびロシア・ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、Divine Artレーベルから、その重要な作品群である「道の交響曲」四部作シリーズからの2曲を収録した2枚のアルバムがリリースされた。1枚はクルレンツィス(Teodor Currentzis 1972-)が指揮をして、道の交響曲第3番「穏やかな放射」とトリスティア第2番を収録したもの。もう1枚が当盤で、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)が指揮をして、以下の3曲を収録したものである。
1) 道の交響曲 第2番 「輝ける世界のとば口に」
2) 打楽器と管弦楽のための「さようなら、そしてお元気で(Ave atque vale)」
3) Ave, Crux Alba (2012年ヴァージョン)
 1)の独奏楽器は、以下の奏者が務める。
 ヴァイオリン: イェレメイ・ズケルマン(Yeremei Zukerman)
 ヴィオラ: スヴェトラーナ・ステプチェンコ(Svetlana Stepchenko1965-)
 オーボエ: アレクサンドル・アルハンゲルスキー(Alexander Arkhangelsky1962-)
 チェレスタ、ピアノ: エミン・マルティロシアン(Emin Martirosian 1987-)
 オルガン: コンスタンティン・ヴォロストノフ(Konstantin Volostnov 1979-)
 2)のパーカッションはロスティスラフ・シャタイェフスキ(Rostislav Shatayevsky)3)の合唱はヘリコン・オペラ合唱団。2013年の録音。
 アルチョーモフは物理学を勉強するかたわら作曲技法を学んだ。その作風が前衛的であったため、ソヴィエト時代ではフルシチョフ(Nikita Khrushchev 1894-1971)による非スターリン政策以後になって、はじめて表立った芸術活動を行うようになったらしい。ロシア系の音楽家を中心にその名は知られていたとのことで、ロストロポーヴィチ(Mstislav Rostropovich 1927-2007)に作曲の委嘱を受けたり、トリスティア第2番はアシュケナージのために書かれてたりしている。(しかし、なぜか今回、トリスティア第2番は、クルレンツィスのディスクの方に収録されている)
 さて、当盤を聴いてみての印象であるが、第一に感じたのがスクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915)への親近性である。アルチョーモフの作品は、ジャケットの写真にもあるように、宇宙的というか、どこか人間世界と違う事象を描くようなところがあり、それが神智主義に傾倒したスクリャービン後期の作風に通じるのである。もちろん、その技法は、12音技法をはじめとする現代の書法を様々に取り入れているのであるが、突如漂う艶めかしいような濃厚な気配、弦が織りなす昇華していくような音響は、私はスクリャービンの延長線上にあるものと感じられる。
 さらに、そこには、ラウタヴァーラ(Einojuhani Rautavaara 1928-2016)、ペルト(Arvo Part 1935-)、シュニトケ(Alfred Schnittke 1934-1998)、カラマーノフ(Alemdar Karamanov 1934-2007)といった、同時代の北欧、東欧、ロシアを中心とした独特の肌合いの音楽たちが流れ込んでいるように思う。微細な音型の使用は、ベルク(Alban Berg 1885-1935)を彷彿とさせるところもある。
 道の交響曲 第2番は18の部分に細かく分かれているが、全てが連続して演奏される。不穏で地底から響いてくるような冒頭から、様々に熱気を帯び、変容していく音楽が流れ続ける。ときおり、非常に不気味な気配(たとえば11番目のトラックなど)がたちこめる。不思議な音楽であるが、全体的な色合いは美しく、私の感想ではあるが、決して耳に厳しい音色とは感じない。現代音楽ふうであるが、新古典主義、折衷主義的な側面をあちこちに残している。
 打楽器と管弦楽のための「さようなら、そしてお元気で(Ave atque vale)」も細かいパーツが連続する楽曲構成を持ち、音楽的雰囲気も共通している。こちらの方が、やや焦点がはっきりしていて、鳥のさえずりが聞こえるなど、直接的な表現も垣間見られる。だが、全般には人知を超越したものへの憧れのような不穏さが支配的だ。その一方で、無調といえども、響きにはロマンティックなものを目指す力が働いており、やはり聴き易さが維持されている。
 最後に収録されているAve, Crux Alba (2012年ヴァージョン)のみは古典的でわかりやすい。映画音楽のよう。マルタ騎士団の讃美歌の旋律を用いているとのこと。厳かで、かつ柔らかな盛り上がりがあり、感動的。管弦楽と合唱の融合には、独創的なものがあり、面白い。
 アシュケナージは、これらの録音機会に恵まれなかった作品を、よく理解し、わかり易いスタイルで演奏してしている。独奏楽器とオーケストラのコントラスト、残響効果を踏まえた広がりの演出などが見事で、アルチョーモフが目指した音世界は、理想的に構築されていると言っていいだろう。


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