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アレンスキー



管弦楽曲

組曲 第1番 第2番「シルエット」 第3番「変奏曲」
D.ヤブロンスキー指揮 モスクワ交響楽団

レビュー日:2015.3.16
★★★★★ 楽しい曲集です。「夜想曲」の美しさは絶品。
 ドミトリ・ヤブロンスキー(Dmitry Yablonsky 1962-)指揮、モスクワ交響楽団の演奏によるアレンスキー(Anton Arensky 1861-1906)の以下の管弦楽曲を収録。1995年の録音。
組曲 第2番「シルエット」 op.23
 1) 学者
 2) コケット
 3) 道化
 4) 夢見る人
 5) ダンサー
組曲 第1番 ト短調 op.7
 6) ロシアの主題による変奏曲
 7) 躍り歌
 8) スケルツォ
 9) パッソ・オスティナート
 10) 行進曲
組曲 第3番「変奏曲 ハ短調」 op.33
 11) 主題
 12) 第1変奏「対話」
 13) 第2変奏「ワルツ」
 14) 第3変奏「凱旋行進曲」
 15) 第4変奏「18世紀のメヌエット」
 16) 第5変奏「ガヴォット」
 17) 第6変奏「スケルツォ」
 18) 第7変奏「葬送行進曲」
 19) 第8変奏「夜想曲」
 20) 第9変奏「ポロネーズ」
 組曲第2番および第3番の原曲は、作曲者自身による「2台のピアノのための組曲」。原曲のピアノ曲と編曲の管弦楽曲には、共通の作品番号が与えられている。
 アレンスキーはチャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-1893)の影響を強く受けた作曲家。現在よく聴かれる作品は多くはないが、「2台のピアノのための組曲」やピアノ三重奏曲は、長く「知る人ぞ知る」秘曲として扱われてきた。
 私の場合は、この当盤を聴くことで、この作曲家に初めて接した。とても親しみやすい、美しいメロディの宝庫であり、独創性や芸術的な思索性を感じさせるものではないが、楽しみのために書かれた作品としてよく出来ているし、少なくとももっと多くの人に聴かれてもなんら不思議のない音楽だと思う。
 特に面白いのが第3番で、2台のピアノのための作品を管弦楽曲に編曲したという経緯にもかかわらず、編成にはピアノが含まれ、あちこちで主導的な活躍を繰り広げるのだ。「ピアノと管弦楽のための組曲」と題した方が実態に即しているに違いない。
 特に「夜想曲」の美しさは絶品で、ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)のソノリティにロシア・ロマンティシズムをたっぷり含んだメロディを流し込んだような透明さと情感を併せ持った音楽だ。物語の中で描かれる世界ように、美しい夜の世界が紡がれる。また「18世紀のメヌエット」は、弦のピチカートとピアノの巧妙な音色の掛け合いの美しい瀟洒な趣きが好ましい。
 また、冒頭の第2番は音楽による人格の模倣という主題自体が、シューマン(Robert Schumann 1810-1856)を思わせる楽しい取り組みだし、音楽における標題効果もわかりやすい形で得られている。「夢見る人」はその名の通り夢想的で美しいし、「学者」はいかにも物々しい風格がある。「ダンサー」はそのものズバリな快活さ。皮肉の要素をあまり感じないのは、作曲者の素直な性格の顕れなのだろうか。
 演奏・録音ともに良好。やや管楽器に強めの配色を感じるが、そのことで、楽曲のインパクト・ポイントがはっきりして、メリハリが付いている。これらの楽曲には、当演奏のようなわかりやすさが絶好であり、その意味で、模範的演奏と言っていいだろう。


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協奏曲

アレンスキー ピアノ協奏曲 ロシア民謡による幻想曲  ボルトキエヴィッチ ピアノ協奏曲 第1番
p: クームス マクシミウク指揮 BBCスコティッシュ交響楽団

レビュー日:2005.1.13
★★★★★ ボルトキエヴィッチの素晴らしい秘曲を紹介
 ハイペリオンの隠れたロマン派のピアノ協奏曲を発掘するシリーズの4枚目にあたる。今回の収録曲はアレンスキーのピアノ協奏曲とロシア民謡による幻想曲、ボルトキエヴィッチのピアノ協奏曲第1番。演奏はピアノがクームス。オケがマクシミウク指揮のBBCスコティッシュ交響楽団。
 特にボルトキエヴィッチ(Sergei Bortkiewicz 1877-1952)の協奏曲は素晴らしい作品。ボルトキエヴィッチはウクライナの出身で、ピアノ協奏曲第1番は1900年ごろの作品。アルトゥール・ニキシュはこの作品を絶賛したらしい。ボルトキエヴィッチはピアニストとして国際的に活躍したらしいが録音は一切残っていないという。
 この協奏曲は連綿たる情緒に満ちた名曲であり、1楽章の壮麗なカデンツァはラフマニノフの第3協奏曲を思い起こさせる。また、第2楽章の和音の使用法はラヴェル、ガーシュウィンのラインを彷彿とさせる。聴き所に満ちている。
 アレンスキーの作品も面白いが、とくに併録されたピアノとオケのための小品が佳作だ。
 クームスの演奏は非常に良心的で着実なアプローチをしており、これらの秘曲を知るにはもってこいだ。

アレンスキー ヴァイオリン協奏曲  タネーエフ ヴァイオリンと管弦楽のための協奏的組曲
vn: グリンゴルツ ヴォルコフ指揮 BBCスコティッシュ交響楽団

レビュー日:2019.10.29
★★★★★ チャイコフスキーの影響を強く受けた2人の作曲家による知られざる佳品
 Hyperionがシリーズ化している「知られざるロマン派のヴァイオリン協奏曲」を紹介する企画の第7弾で、以下の2曲が収録されている。
1) アレンスキー(Anton Arensky 1861-1906) ヴァイオリン協奏曲 イ短調 op.54
2) タネーエフ(Sergei Taneyev 1856-1915) ヴァイオリンと管弦楽のための協奏的組曲 op.28
 ヴァイオリン独奏はイリヤ・グリンゴルツ(Ilya Gringolts 1982-)。イラン・ヴォルコフ(Ilan Volkov 1976-)指揮、BBCスコティッシュ交響楽団による演奏。
 2008年の録音。
 とても魅力的な2作品である。アレンスキー、タネーエフはともに同時代、チャイコフスキー(Pyotr Tchaikovsky 1840-1893)から大きな影響を受けた作曲家であるが、連綿たるロマンティシズムを訴えるアレンスキー、論理的な音楽様式を探求したタネーエフとその作風を大別できるだろう。
 ここに収録された2曲でも、その傾向ははっきりと出ている。アレンスキーの協奏曲は、連続する4つの楽章からなる20分程度の楽曲だが、冒頭から提示されるいかにもメランコリックな主題が、楽曲全体の雰囲気を覆っている。一方で、タネーエフの楽曲は、5つの楽章からなる、演奏時間が40分をはるかに超える大作だ。プレリュードから始まり、最後がジーグを思わせるタランテラというのは、バロックへのオマージュと考えられるだろう。技巧的な変奏曲形式の部分もあり、とにかく多彩だ。
 グリンゴルツは、濃厚な表情を与えながら、これらの楽曲に豊かな陰影をもたらしている。アレンスキーの楽曲では、緩徐部分のタメの効いた表現に、いかにもロシア的な詩情の描写がある。終楽章の回想も、郷愁豊かで、暖かな感興があり、この楽曲にふさわしい。中間部で挿入されるワルツの活き活きとした表現も魅力的だ。タネーエフの楽曲では、冒頭の力の入った導入がきれいに決まっている。ガヴォットの典雅な表現も魅力的だが、特に第4楽章に相当する変奏曲部分における描写的と呼びたい主張は、性格的な描き分けを明瞭にしており、わかりやすいだろう。終楽章では管弦楽とともに華やかな盛り上がりがあり、なかなか楽しい。
 ただし、タネーエフの佳品には、Ondineレーベルからリリースされているペッカ・クーシスト(Pekka Kuusisto 1976-)とアシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)による2000年の録音があって、それがきわめて優れたものであるため、当該曲の代表録音としてはそちらを推したい。その一方で、当盤は同時代のアレンスキーの作品と併せて楽しめる。もちろん、演奏自体も、十分に質の高いものである。両曲の魅力に気づかせてくれるという点も含めて、当アイテムもまた、良いものである。


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室内楽

ピアノ五重奏曲 弦楽四重奏曲 第2番 ピアノ三重奏曲 第1番
スペクトラム・コンサーツ・ベルリン

レビュー日:2017.10.4
★★★★★ 魅力いっぱいのアレンスキーの室内楽名品3作を収録
 ドイツに拠点を置き、フランク・S・ドッジ(Frank Sumner Dodge 1950-)が芸術監督を務める室内楽合奏団、スペクトラム・コンサーツ・ベルリンによる、2014年ベルリンのフィルハーモニー室内楽ホールで行われたコンサートの模様をライヴ収録したアルバム。アレンスキー(Anton Arensky 1861-1906)の室内楽3作品を以下の様に収録している。
1) ピアノ五重奏曲 ニ長調 op.51
2) 弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 op.35
3) ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 op.32
 演奏者は以下の通り
 ヴァイオリン: ボリス・ブロフツィン(Boris Brovtsyn 1977-) 1,2,3)
 ヴイオリン: アレクサンダー・シトコヴェツキー(Alexander Sitkovetsky 1983-) 1)
 ヴィラ: マキシム・リザノフ(Maxim Rysanov 1978-) 1,2)
 チェロ: ボリス・アンドリアノフ(Boris Andrianov 1976-) 2,3)
 チェロ: イェンス・ペーター・マインツ(Jens-Peter Maintz 1967-) 1,2)
 ピアノ: エルダー・ネボルシン(Eldar Nebolsin 1974-) 1,3)
 なお、アレンスキーの弦楽四重奏曲第2番は、ヴァイオリン、ヴィオラにチェロ2挺という変則編成となっている。
 アレンスキーの室内楽は、抒情的な旋律で親しみやすい「ピアノ三重奏曲 第1番」に人気が出て、最近録音も増えており、そのような背景もあって、当盤が登場したのだろう。しかし、当録音を聴くと、他の楽曲も捨てがたい魅力を持っていることがわかる。
 冒頭のピアノ五重奏曲は、シューマン(Robert Schumann 1810-1856)の作品を参考に書かれたと言われているが、なるほどロマン派の色彩を濃厚に湛えつつ古典的な中庸も踏まえた佳曲であり、適度に情感を湛えたメロディと、情熱的な展開が美しい。第1楽章には特有の踏み込みがあり、抒情的な第2楽章と、活発なスケルツォである第3楽章を経て対位法の展開豊かな終楽章に至る。その書法は練達を感じさせるもので、楽器の合奏音は常に健やかでほどよい柔らか味で融合する。一つ一つの楽章が、それぞれきちんとした役割があって、楽曲自体がとても良くできているし、演奏の品質も高い。常に安定した柔和さがありながら、きちんと芯の通った響きであり、この楽曲に限らず、どんな室内楽であっても、彼らなら見事に奏でるだろう、と感じさせる普遍的な巧さがある。
 弦楽四重奏曲第2番は、チャイコフスキー(Pyotr Tchaikovsky 1840-1893)追悼のために書かれた作品で、2挺のチェロにより、低音部に厚い響きで、哀しみに満ちた旋律が繰り広げられる。そこには、チャイコフスキーから伝わるロシア的なメランコリーの表現があり、人を感動に誘う。ちなみに終楽章で登場するロシア民謡の主題は、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)がラズモフスキー第2番で使用したものと同じもの。当盤の演奏は見事の一語に尽きるもので、個性的な編成ならではの響きを、全体的なバランスに十全な配慮をしつつ、聴き手に堪能させてくれる。
 末尾に収録されたピアノ三重奏曲は、チャイコフスキーからラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943)に至るロシアの名ピアノ三重奏曲の系譜にその名を連ねる名作であるが、こちらはある種厳かさを感じさせる落ち着いた演奏といった趣で、しっかりとフレーズを表現しながら、精巧に仕上げた感がある。
 ライヴ特有のごくわずかなミスタッチはあるが、全体の仕上がりは文句の付け様のないもので、アレンスキーのこれらの楽曲を知るファースト・チョイスにも絶好と言って良い一枚。また、決定盤といっても良いくらいのクオリティであるとも思う。

ピアノ三重奏曲 第1番 第2番
ボロディン・トリオ

レビュー日:2005.4.16
★★★★★ 「知られざる名曲」から「大衆に愛される曲」へ・・・
 アントン・ステパノヴィッチ・アレンスキー(Anton Stepanovich Arensky 1861-1906)はチャイコフスキーの薫陶を受け、ラフマニノフの師としても知られるが、これらロシアの作曲家をつなぐ系譜に、ピアノ三重奏曲がある。いずれの作曲家も連綿たる情緒を漂わせるピアノ三重奏曲を遺した。特にアレンスキーの場合、ピアノ三重奏曲第1番は弦楽四重奏曲第2番とならんで、彼の代表作といえる。
 そもそもひとむかし前から、この曲は「知られざる名曲」として、グラズノフの交響曲などと同様に、一部で強く支持されてきた。しかし、たいへん親しみやすい楽想と、ムーディな雰囲気で、一部ではなく多くの人が聴くようになったのは自然であろう。別に秘曲というわけでもなくなっている。
 冒頭ピアノのほのぐらい響きからぐっとノスタルジックな旋律をヴァイオリンの低音が奏で出すところから、聴き手はアレンスキーの世界に誘われる。2楽章では自由な無縫さを合わせている。この盤は演奏機会の少ない第2番も収録しており、演奏もちょっと一本調子ではあるが、まずは十分に美しく、曲を楽しめるアルバムだ。


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