沿線風景(留萌線)

(2017年5月18日) ポップアップ対応で、左クリックにより大画像を示すようになりました。

留萌線(深川~留萌)

深川駅(函館線) 2014.06.21
深川市の中心駅で、留萌線の分岐駅。かつては北に向かって深名線も伸びていた。
北一已駅(留萌線) 2014.06.21
かつて深名線にあった宇津内駅が廃止された際、駅舎をこの場所に移築の上、開設されたと言われている。難読駅としてもちょっと有名。
北一已駅に近い深川市桜山公園には、C5898(左、中)、D51312(右)の2輌の蒸気機関車が静態保存の上、展示してある。塗装もされており、状態は良好。C5898の現役時の姿は、石北線のページで紹介。2018.10.13
秩父別駅(留萌線) 2014.06.21
秩父別町の代表駅で利用者も多い。通学の時間帯は大勢の通学生で賑わう。
北秩父別駅(留萌線) 2014.06.21
田園の中にある小さなホームと待合室だけの駅。
石狩沼田駅(留萌線) 2013.11.02 沼田町の代表駅。かつて札沼線はこの駅まで伸びていた。現在ホーム1面だが、札沼線が発着していたころのホームがそのまま残っており、3番線まであった当時の様子を偲ばせる。最盛期にはさらに南北にそれぞれ引き込み線があった。
真布駅(留萌線) 2014.06.21 静かな小駅。 恵比島駅(留萌線) 2014.06.21 かつては留萌鉄道が昭和炭鉱を目指して分岐していた。テレビドラマの撮影のためにつくられた駅舎を含むセットが残されており、駅舎も、セットの方が本体のように見える。
峠下駅(留萌線) 2014.06.21 現在では留萌-深川間で唯一の交換可能な駅。静かな山間の駅。 幌糠駅(留萌線) 2014.06.21 車掌車を改造した貨車駅舎の駅。 藤山駅(留萌線) 2014.06.21 田園の中にある静かな駅。まだ木造駅舎が残っている。
大和田駅(留萌線) 2014.06.21 車掌車を改造した貨車駅舎の駅。待合所が少し離れている。 留萌駅(留萌線) 2014.06.21  留萌市の代表駅で留萌線の中心駅。かつては天塩炭砿鉄道、羽幌線が分岐する交通の要所であった。往時を偲ばせる作りの大きな駅舎になっている。


(旧羽幌線 沿線風景)

羽幌線廃線跡に沿う美しい日本海の景色。2016.08.11 小平町にある重要文化財「旧花田家番屋」(鰊番屋)。巨大な木造建築物が保存の上、1階のみが有料で公開されている。洋風趣味を取り入れた、特有の雰囲気を味わうことが出来る。2016.08.11
残念ながら羽幌線は廃止されてしまったが、留萌から羽幌線跡をたどって北上すると、美しい日本海の景色が堪能できる。特に夕暮れは格別。左の2枚は苫前町で2013.09.22に、右は羽幌町で2014.06.21に撮影したもの。海鮮の美味しいエリアでもある。
羽幌からフェリーで焼尻島、天売島に渡るのも良い。左は羽幌港で、2015.01.24に、右の2枚は天売島で2014.06.22に撮影したもの。天売島は野鳥の楽園。写真(ケイマフリ)のような光景を間近で見れる。



留萌線(留萌~増毛)

増毛行列車で留萌駅を出ると、港湾を鉄橋で超えるが、これに並走するようにもう一つ使用されていない鉄橋「副港橋梁」を見ることができる。かつて留萌臨港鉄道が留萌港からの貨物の搬出入に使用していたもの。右の国土地理院発行5万分の1地形図「留萌」(1974年編集)に当該線路が描かれている。写真は2013.06.21
瀬越駅(留萌線) 2014.06.21日本海が間近に見える駅。海水浴場もすぐそこ。 礼受駅(留萌線) 2014.06.21 こちらも日本海の目の前。車掌車を改造した貨車駅舎の駅。 阿分駅(留萌線) 2014.06.21 阿分小学校のすぐ裏に隠れるようにしてある駅。
信砂駅(留萌線) 2013.08.15
北竜町に抜ける抜け道がすぐ脇を通っている。小さな駅。
舎熊駅(留萌線) 2014.06.21
日本海の近く。車掌車を改造した貨車駅舎の駅。
朱文別駅(留萌線) 2014.6.21
小さなホームと少し離れた待合室だけの駅。
箸別駅(留萌線) 2014.06.21
朱文別と同様、小さなホームと待合室だけの駅。
終着増毛付近。日本海に沿って走っていた列車は、少し陸地に入り、増毛市街の駅に入っていく。左は2014.06.21、右は2013.08.15に撮影。
増毛駅(留萌線) 2014.06.21
留萌線の終着。旅情を感じさせる駅舎。駅前には素晴らしい容貌の旧旅館と旧食堂の建築が保存され、映画のセットに迷い込んだような雰囲気。町には歴史を感じさせる建築物が多く、管理人もたびたび列車や車で訪れている。
増毛駅(留萌線) 2015.06.13 増毛町の国稀酒造 2015.06.13
旅館「冨田屋」。現在は営業してはいないが、住んでいる方がいるとのこと。素晴らしい雰囲気のある建築物で、増毛駅前に相応しい。2015.06.13 こちらも駅前の保存建築物「風待食堂」。食堂としての営業は行っていない。近くに美味しい食事処はいろいろある。2014.06.21 増毛駅から斜面を登ったところにある増毛小学校。道内最古の現役校舎。2014.06.21
増毛海岸からは暑寒別岳(1,492m)を主峰とする増毛連峰を望むことが出来る。2016.08.11 増毛からさらに南下すると、地勢はさらに厳しくなり、断崖の海が続く。その断崖と海の間の集落「雄冬」は、かつて通じる陸路がないことから「陸の孤島」と呼ばれた。断崖を海に落ちる白銀の滝。2016.08.11 石狩湾の夕暮れ。2016.08.11
   
稚内から石狩に至るオロロンラインはいずれも素晴らしい夕陽を眺めることが出来る。2016.08.11    


(濃昼山道)~増毛以南の風景から

北海道の日本海側は、断崖絶壁の続くところが多く、歴史上交通の難所であった。濃昼山道は、1857年に幕府の命を受けた厚田場所請負人・濱屋与三右衛門が自費で完成させた厚田地区の濃昼(ごきびる)と安瀬(やそすけ)の間11kmを結ぶ道で、海岸に近いにも関わらず山の中を開削された。1971年まで地域住民の生活路として使用されたのち、国道231号線の開通により一度廃止されたが、2005年に地元の保存会の人々の手により復元された。現在は野趣あふれる海をながめるトレッキングルートとして整備されている。右写真奥の海に突き出た三角の山が「赤岩」と呼ばれる。2017.10.07  
濃昼山道ではいくつかの沢と渡渉する。太島内川一の沢、太島内川ニの沢、大沢、滝の沢では、両岸に江戸時代に橋台として構築された石組みが残っている。現在、架橋はされていないため特に安瀬側の大沢は、大雨の後には渡渉困難となり、注意が必要。2017.10.07  濃昼山道安瀬側。この日は濃昼側から11kmの道のりを5時間弱で歩くことが出来た。海に向かって降りていく。2017.10.07


1968年編集 5万分の1地形図「厚田」(150%比に拡大表示)

 断崖に囲まれた濃昼の集落、そこから濃昼峠に向かって続く濃昼山道の様子が示されている。
 嶮しい地形にできた集落、濃昼山道に物流の生命線を委ねざるを得なかった当時の状況が伝わってくる。この山道が1971年まで生活道路として使用されていたことは、道路建設さえ困難な地形であったことを物語る。
 現在、国道231号線が開通しているが、絶えず補修が必要な道路となっており、しばしば夜間通行規制などが行われている。
 なお、当時からの水準点は、現在のトレッキングルートでも表示があり、現在地を確認しながら散策することができる。